ルチアこころの景色
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2004/08/29(日) 感動のもと
あるスピリチュアルなことを仕事ではなくされている男性がと初めてお会いして
「あれ、じゃあ同じくらいの年齢ですか。」という話になった。
年を言うと
「お若く見えますね。」
「そうですか。」と、ちょっとはずかしげ。(ルチア)
「苦労が足らないんじゃないですか。」
おっ。(ルチア)

大体において男性は女性が若く見える事に価値があるように言う事が多いが、彼は違った。その反応に、いいな〜と思ったのである。初めての反応、コメントだったので、ちょっと新鮮だった。

彼はアメリカの原住民と一緒に暮らした事がある人で、スエットロッジを主催している方だ。まだ一回しか体験してないのだが、彼の反応はあのアメリカの原住民と何か関係があるのかもしれない。

ほんとうは苦労はしてても若く見えるというのが、一番かもしれないのだが、この辺の事はよく考える事だった。
それは見た目とその人のがんばり度、性格との兼ね合いについて。

よく家族のために朝から寝るまで自分の事などかまうヒマもなく働いているお母さんというのは、たとえ見た目は美しくしてなくても、とてもキレイな人といえるのではないかと考える事がある。
もちろんそれで心までギスギスになっていては美しいといえないかもしれないが、しかしどうして「美」や「若さ」にこだわるのだろう?そもそも。

このへんに現実世界のバランス感覚を学ぶ課題があるように思う。
世の中には忙しくても身なりに気をつけて美しくしている方もいる。でも最終的にはその方の性格とか考え方が一番、人に大きなインパクトを与える要素だと思う。

ずいぶん前に本で読んだのだが「単に美しくてもそれは街角に貼ってあるポスターと同じようなもの。人はそれを見て、綺麗と思っても心を深くゆり動かされない。美しさを感じる時、同時に何らかの「感動」を与える要素がなければ。」とあった。

なるほど、とその時思った。昔初めてOLになった時、先輩がとてもよく働く方で、お化粧もそこそこだったのだが、その方はとても性格のよい方だったので彼女の働きぶりやおっしゃる事に感動した経験がある。そして彼女の事をキレイ、と思った。その先輩にお会いした時から私の考えは少し変わったように思う。

外国から帰ってきて、日本は特に女性の見た目に価値を置く国なんだと痛感する。それはまだ女性を商品としてみているからなのではとさえ。若くてまだ綺麗なうちにお嫁にもらって、子供をたくさん生んでもらうための。例えばスッチーが人気のある職業だというのもそれがよく現されている。美しく微笑んで、身の回りの世話をしてくれる女性。一番理想的な彼女、又は嫁さんタイプなのかも。女性にまだまだ精神性を多くは求めてないのかもしれない。面倒くさいから(笑)テレビを見ていても政治の話などはまだまだ男性のみで語っている。でも世の中は男性と女性半分ずつで出来ているのに、その半分の意見を取り入れないで世の中を作ると、アンバランスなものにならないだろうか。そういう意味では政治の世界でも女性がぼろぼろ抜け落ちていくのは残念だ。

見た目の話から飛躍してしまったが、女性と男性が力を合わせて世界がよくなるといい。体や性は違ってても、同じ人間だもの。そして心の中にはみな女性性と男性性を併せ持っている。

最近肉体が朽ちていく(すごい表現)その辺の現実的なキビシサを目の当たりにしているが、これも誰しもが直面すること。それよりも豊かになっている部分にフォーカスしていきたい。見た目に対する課題はいろいろあるけれども、いつか無くなってしまう物質よりも、感動する何かを心に刻みたい。


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