ルチアこころの景色
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2005/04/28(木) 経験すること
ここ数日日本ではアクシデントに関するニュースが次々に舞い込み、一体最近どうなっているの?と首をかしげる事が多い。人間の命の儚さについてつい思ってしまう。いつもと同じような朝のはずが、そうでない事になる可能性。こうして生きている方がまるで奇跡のようだ。そして生きるからにはその意味があるはずだ。その意味ってなに?

きっと何かを感じたり考えたりする必要があるから、経験をするのだろう。人間は自分で実際に経験しないと実感できない生き物なのだと思う。想像するのと実感するのでは全く違うはずだ。

いつも車ばかり乗っている自分が最近自転車に乗ってみて、やっと自転車に乗る人の気持ちが心から実感できた。私は急いでいるときなどとても傲慢になる。車で走っていて、我が道(と信じている行き先)を自転車にちょろちょろジャマされるとむっとする事がある。思っちゃいけないと思いつつ、自転車の存在がしゃーしい。(博多弁)これはかなり自己中な感覚とわかっているのだが、車という個室でひとり運転に没頭して時間と戦う小さな私にはおおらかになれない部分がある。

そしてある日自転車を続けて乗ってみた。すると自転車に乗るわたしと車に乗るわたしは同じ人間だ、という事にまず気付いた。それなのに大きな乗り物に乗れば乗るほど、わたしがどんどん変化して傲慢になっていく。自分が大きな乗り物に乗っているから、優先順位が自分にあるように錯覚してしまうのだろうか。それともこれは私だけに限った事だろうか?

本来なら歩く人間も自転車に乗る人間も車に乗る人間も平等な命をもつ同じ存在。そして優先順位をつけるならまずは、か弱き歩く人が車より何より優先であるべきなのだが・・通りでは車が歩行者よりもエラそうにしている。そして私はその一員だ。

自転車に乗った自分もやはり歩く人間よりまだ傲慢だった。歩行者が自分をよけてくれないかな〜?なんて頭のどこかで考えている。また車に関してはその運転に対して、自転車からの視線でいろんな事を感じる。こんな風につらつらと考えつつ道を通っている間「だから人間っていろんな人に生まれ変わらないと他人の気持ちを痛感できないんだろう。いろんな人生に生まれ変わる事ってやっぱり本当に大切な経験なんだろう。」とそれこそこころで感じた。このような事、随分前から想像したり本で読んだりしていたけれど、自分の経験と知識が完全に一致する時だった。

外を移動する時に、また普段の生活の中で、他人と自分を同じように扱える自分になるまでは私は何度も生まれ変わるのだろう。私たちはもともとはひとつで、それから切り離されて個々になっているという意見がある。車を運転するときに、自転車で通りを行くときに周りと完全なハーモニーで進んでいける。そういう自分にいつかはなれるだろうか。

明日は自分がどうなっているかわからない。だから毎日が貴重。出来ることならいつかは大変な時に自分の命を捧げてでも他人を助ける事のできる人になりたい。名誉とかそういうのではなく、無我夢中でそういう事ができる人に単純に惹かれる。

2005/04/20(水) 眠りをさえぎるもの
午前6時11分、まだ心地よい夢の中にいた頃、突然それは起こりました。横のクロゼットのガタガタという音と共に体がドン!と一瞬ものすごい強さで横に揺さぶられ引き続き大きく左右に。その後小さくなりましたが、不気味に振動はすぐには止まりませんでした。震度5強。無防備に横たわって寝ている時だから余計に大きく感じたのかもしれませんが、もうダメかと思いました。でもうちは低層階だから物が下に落ちてくる事はほとんどありません。高い所に住んでいる方々はもっとコワイ思いをしているのでしょう。

去年末から地震が起きそうで内心不安な気持ちを抱えていたのですが、先月起きてしまってからはもう小さなものには慣れっこになっていました。福岡にはもう一度大きな地震が来るという予知めいたものが流れていたのですが、先ほど先日のワークに来ていただいた「宇宙となかよし」のブログを読んでいてびっくり。すばり今日地震があるってわかっていた人達がいるようです。http://katamich.exblog.jp/d2005-04-19

この日記を昨日先に読んでいたら、地震が起きたときにもっとブキミな気持ちになっていたでしょう。それにしても福ビルでマッサージしている間でなくて良かったと改めて思ってしまいました。^_^;細い普通のテーブルに毛布を敷いて体ギリギリに横たわっていたから、きっと下に落とされていたでしょう。

今日は丸1ヵ月前の地震後ほどの余震はありませんでした。今日の地震自体が余震のひとつといわれているからかもしれませんが。もう大きな地震は今後福岡には来ないのでしょうか?

気象庁のサイトで地震情報をよく見ていますが、毎日のように日本全国のあちこちで地震が起きているのだと驚かされます。天災の前では人間は本当に無力で、ただ為すがまま。人間が普段あまりにも自然に対して傲慢になっているから、このような事は起こるのでしょうか?人間がもしこの地球にとって必要のないものだとしたら、それは自然淘汰となって現れるのでしょうか。私自身は死そのものは自然に受け入れられると思いますが、肉体を持っている以上痛みへの恐れがあります。でもすべては案ずるより産むが易しの気持ちでいるしかないのでしょう。

自然は時としてこのようなサプライズをもたらすけれども、道端に咲いてる草花はもちろん、壮大でドラマティックな大自然を目にする事が出来て、その点はこの地球に生まれてきて良かったと思います。

2005/04/17(日) 天界の光のような
今日でチャクラマッサージの講座が終了。いつもの講座と同じように濃縮された時間でした。朝はチャリで他の自転車通勤プロ軍団に負けじとペダルをこぎ天神へ。まだ修理の終わってないカバーに覆われたままの福ビルでの講座。マッサージ中にハダカに近い状態で地震が起こったらどうしよう〜と心配しましたが無事に何事もなく終える事ができました。

最終日ちょっと印象的なことが怒りました。後半組んでマッサージし合った方とのワークでの出来事です。お互いに両手をとりあって相手のエネルギーや体を触って感じるワークなのですが、目を見つめていたときはいつもと同じようにその方の事がいくつか浮かんできました。その後に目を閉じて頭に触れた途端、彼女のとてもピュアな高貴ともいえるまぶしい光をぴか〜っと感じたのです。すると何故だかわからないけれど涙がぐっとこみ上げて、ガマンしようと思いつつも頬に涙がこぼれていました。その後は足を触ったときに、彼女が仕事でいつも走るようにして忙しく働いている姿が浮かびました。

涙流しているのは私だけだろう、はずかしいなと目を開けたら、なんと周りで数人が涙をこぼしているのです。一体なぜ??隣の人にあとで聞いてみると、お互いに恐れをもった人間同士なのです、とティーチャーにいわれた途端涙が出た、との事ですが、他の人はなぜ泣いたのかわかりません。ただ2人で手を取り合ってオーラのあたりをなでたり体を触っていたただけなのです。ティーチャーはワークの前に、これは日本でやってみてハートを開くのにとてもいいワークだと気付かされました、と言っていました。

それにしてもあの光。この世のものとは思えない光でした。私にとっては浄化の涙なのかも。ちょっと不思議な気持ちを胸にまた明日から新たな一週間の始まりを迎えようと思います。6日間の講座を分かち合ったみんな、その場を提供してくださったフォーカラーの方々、そしてたくさんの笑顔と愛を送ってくれたビッキー、ありがとう。

写真はオーストラリア・エアーズロック近くのアリススプリングに住むビッキー先生

2005/04/14(木) チャクラマッサージと天使
先週と今週末、オーラソーマチャクラマッサージ1と2の講座に出ています。これはかなり深い部分まで到達するマッサージで、「魂のマッサージ」とオーストラリア人のビッキー講師は呼びます。使用するのはオーラソーマのチャクラセットとそれぞれのチャクラに対応したクリスタル、ポマンダー・クイントエッセンス、ベルなどで、ボトルのオイルをたっぷり使います。

ビッキーは「クライアントの高い癒しのために、それぞれの色の天使を近くに呼びこむ」と言います。・・う〜んこれを口に出してクライアントさんの前で言ってしまっていいのかしらと心の中で思っていました。すると先週最後の講座でちょっと不思議な感覚を受けました。パートナーの方にマッサージして最後に第三の目にクリスタルを置きフィジカルレスキューを塗り「すべての色の天使」を呼んだところで思いがけず「!?」。一瞬たくさんの天使がベッドの周りを取り囲みクライアント役の女性をのぞきこんでいるような気がしたのです。私はぜんぜんそのような事期待していなかったし、今でも半信半疑ですが。

ビッキーはこれまでこのマッサージを教えている時に、天使を見たという人が何人もいる、なんて言ってました。そう言われても自分がしっかり見ないとなかなか信じられないものです。彼女は光のくずのようなキラキラしたものを見るそうで、それが天使だと感じるらしいです。そう言えば以前知り合いになった方は子供の時一人で寝ているとキラキラしたものが形になる前のようで、それが天使だと思っていたと言ってました。

天使と言えば算命術の中森じゅあんは、まだライターをしていた時に都内でふと空を見上げると天使が空いっぱいにいたという経験をしたらしいです。(でもその事はなかなか誰にも言えなかったようですが)確かに彼女の天使カードはコワイくらいによく働くので、何か天使の力が作用しているのでしょうか?そのカードはすべて天使からのメッセージを記しているとの事ですが・・。

天使がこのマッサージの癒しに関わっているかどうかはともかく、チャクラマッサージがとても深いものであるのは確かな事です。この先メニューに加えていけたらと思っていますので、興味のある方はいつかぜひ体験してみてください。アロママッサージとは全く違う、深い人生の旅のようなマッサージです。

2005/04/06(水) 桜のいのち
もう四月に入って6日が過ぎました。桜が一気に満開となり、今度の土曜日には急ぎお花見へお弁当持って行く予定です。できるならもう少しゆっくりじっくり咲いてほしかった!今日、桜の花びらがちらほらとすでに風に舞っているところを見かけました。昨日の夕方は突如すごい勢いで咲き始めた桜にガマンができず、新しく買った自転車に乗って近所の桜を見に行きました。

自転車での移動は車と違っていつも行かない路地に入ったり出来るから楽しい。昨日もペダルの回るままに走っていると一度も入った事のない公園を見つけたりして、近所発掘にはもってこいです。うちは福岡の中心部へもチャリ30分圏内なので、今後はバスに乗ることは少なくなりそうです。でも子供の時からあまり乗ってないので、片手で傘をさしたり携帯しながらこぐ事が出来ないので、ちょっと不便。

この春から生活パターンを大きく変えているので、またなかなか更新が進まなくて申し訳ありません。なるべく週末にはがんばります。また新たな世界にちょっと飛び込んでみたりしているので非常に刺激的ですが、つくづくこの世にはいろいろな舞台があるものだなぁと感じてます。すべてセラピーに生かしていけたらと思っています。

来週はオーラソーマの講座が福岡であります。前から受けてみたいものだったので、6日間楽しみにしています。今後メニューにも取り入れて行く予定です。


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