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2005/11/23(水)
価値観の相違
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滅多にこの日記には登場しないが、私の両親は健在で、今もときどきこの愚息に対していろいろと老婆心を向けてくる。そしてしばしばそこで衝突する。早く結婚しろとか、まともな仕事に就けとかいう話については、価値観の相違から接点が見出せないので、話はどこまで行っても平行線である。
夜の仕事というのは世間体が悪く、そして安定という意味でも常識人のめがねにはかなわぬもので、親としては世間体がよくて安定した仕事をさせたいらしい。しかし私はご免だ。たとえ経済的に今より数段豊かになるとしても、売れない商品を押し付けたり、日付を貼りかえたりするような仕事はもうご免。企業という組織の歯車となれば、えげつないことを避けては通れない。それを正当化していくうちに、倫理観も価値観もゆがんでいってしまいそうだ。そんなことより、実入りが少なくても今の仕事の方が、ずっとずっと人のためになっているし、社会のためにもなっているのは間違いないと信じている。
もう私もいい社会人なのだから、好まないことも少々あこぎなこともしなければ生きていけないのは重々承知しているが、納得できないことはできない性分なのである。信じられないと思われるかもしれないが、私が大学を辞めた理由のひとつに、人のノートを見たりカンニングしたりしてまで単位をとって卒業する大多数の学生を見てうんざりした、というのがある。同じ理由で、高校から系列の大学の推薦も望まなかった。たとえ美味しい身分や待遇が待ち受けていたとしても、そのためになりふり構わずということが出来ない人間なのである。
両親は私が風俗営業法に関わる店なんぞで働いていたことは知らないが、そこで私が学んだことや得たものが豊富にあるとは、終生理解してはくれないだろう。世間には様々な境遇の人がいて、生き方も様々なのである。そして人生は一度きり。望まぬ職場での苦悩から精神や肉体を消耗しても、それが癒える間もなく年老いていくばかりだろう。身も心も純度を保ったまま生きていくために、私は世間体や実入りの悪さを犠牲にしている部分もあるのだ。
立場が違えば意見も違う。私が親の立場なら、親の言うように人並みとやらの生活を子に望むだろう。でも私は親の考えに迎合することに、人生の前半を費やしたのでそれで十分。後は自分の人生なので自分で決める。風俗嬢を嫁にしてもとやかく言わないように。そんな予定はないが(*_*)
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