つれづれにっき
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2004/07/26(月) 懐かしいな…
今日よく行くサイトで妹が受験をしている人がアドバイスを
掲示板で求めていた。私は4年前から今までを思い出した

私は中三の夏から本格的に受験勉強を始めた
家庭教師とはノリが合わず、すぐ向こうから辞め(今になって考えると人を見下したような目をした物凄く嫌な奴だった)
友達と同じ進学塾に行った。そこでの毎日は確かに辛いものではあったが充実した気持ちと共に私の中に勉強をしていない人に対する優越感が生まれた。私自身人勉強でを見下していた
冬休みに入り、毎日の勉強は量を増していった
朝9時から夜の9時まで、昼の90分の休みを除いてフル回転だった
とにかく頑張っていた。それだけは自信があったし、数字も出ていた
忘れもしない2001年1月2日
親戚の家に行った際、親が謙遜で「全く勉強していない」といった。居合わせた親戚の酔っ払いズはそれを本気にし、長々と説教をし、終いには「親不孝者は殴らなければいけない」などと言い出した。これのお陰で息抜きのTVゲームまで奪われた(まぁ殆どやっていなかったのだが無くなると大きいものだった)
塾の正月休みの課題もこなしていた私にとっては最大の屈辱だった。怒りや悲しみよりも、殺意が沸いた。それほど悔しかった
「努力が全く認められない」それどころかその努力すら否定された。
2月23日 私は第1志望の学校に落ちた
そして公立受験を辞退し第2志望のB高校へ進学した。そこで私は学科による差別にあった。
その高校にはJ,S,F,Tと4つの科があり、その中でJとSは特別扱いされていた。
Sは高校から入った人の進学クラスで私たちを見下す人は殆どいなかったが、中高一貫教育のJクラスは少数精鋭で「次世代のリーダーを育成する」という理念の下作られたそのクラスは学校側からも大々的に特別扱いされ、設備も予算も他の科と比べ物にならなかった(それでも私たちと学費は変わらない)
特別な存在として他人を見下す優越感に浸っていた彼らは無論私を見下した。「バカはバカらしく私たちの言うことを聞いていればいい」文化祭の準備の時、そのクラスの女が言った
(今思い出してもとても腹が立つ、暴漢にでも襲われて一生モノの傷でも負ってくれないものだろうか?暴行致傷の被害者になるとか。本人が死ぬよりもそっちのほうが私は有難い。)
リーダーとしての、いや、それ以前の人間性に欠落した彼女たちをそれでも社会は認めるだろう。(見下す側から見下される側への華麗な変化とは私も貴重な体験をしたものだ)
そんなことを通じてだんだんこの学歴主義の社会がが下らなく思えてきた、学歴の全く関係ない世界、本人の努力やセンスがものをいう世界、それが今自分が目指している場所だと思う
……少なくとも高校よりかは面白い場所だ…課題に追われてるけどねw

そういえば毎晩見る同じ夢がやや鮮明になってきた。少し調べたが前世の記憶というやつが夢に現れることが稀にあり、その場合同じ夢を何度も見るそうだ。とはいっても毎晩殺されていてはシャレにならない(汗


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