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2004/12/22(水)
暴威列伝〜2話〜
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夏休みに突入し暴威にしばしの休憩が訪れる。そしてこの時期にドラマーの上西君が脱退する。話によると上西君は暴威の言葉遣いの汚い歌詞が嫌いだったらしい笑 そして新しいドラマーが必要ということで当時LUXIAというオリジナルバンドで一緒に活動していた篠原先生ことしのっちをドラマーで召集する。そして夏休みも中盤に差し掛かるころ暴威にライブの話が舞い込んでくる。憐憫の企画ライブに出演しないかと言われたのである(憐憫とは自分より2つ上の方々が中心になって活動していた椎名林檎のコピーバンドである。メンバーはVo石行さん、Gハウリングハーツの小杉さん、Bみずささん、Dr辻さん、KeyTFSの斉藤さん。この世代を代表していたバンドの一つである)。 当然了承し暴威初のライブハウスということで胸躍らせた。日取りは9.11。場所は横須賀パンプキンであった。パンプキンでの出演は同年3.29のストラ以来である。 暴威はこのライブでまたも大不祥事を引き起こしある意味で伝説的なことをすることになる。 ここでさらに「Plastic Bomb」「Marionette」「B.BLUE」の3曲を新曲としてライブに向けて練習していくことになる。
ここで多少脱線して話を進めるがこの時期に俺はLUXIAというオリジナルバンドとIMITATIONというLUNA SEAのコピーバンドをやっていた。どちらもパートはギター。LUXIAの練習しに渋谷までいっていた。正直曲はかっこよかった(ベースのりょうくんとドラムのタッキーそしてヴォーカルの人が作曲を行っていた。系統としてはSIAM SHADEやSADSの要素が入っていた)。VoがTであったがそれ以外のメンバーの演奏技術は非常に高かった。そして同年9.01に鶴見CLUB TOPSに出演することになる。このとき観客としてさっさんが来てくれた。この日はレンタルホールで身内でのライブだったがおれ自身は2バンドで計17曲を演奏することになる。ライブは大成功にて終了(観客の皆様に感謝)。 映像が今でも残っているがよくよく考えると当時としてはかなりのプレイをしている。この時期に自分としては第一次のスキルアップ革命が起きておりスキルが大幅に上がった時期であった。当時軽音ではギターで組んでいるバンドがなかったので軽音の人達には余り知られていない事実である。当時ギターとしてバンドに誘われることはほとんどなかった。そりゃあもうキャラクター先行の部員であった。
ここから激動の暴威列伝に戻って行きたいと思う。ライブを直前に大トラブルが起きてしまう。練習がある程度順調に進んでいく中ドラマーのしのっちが負傷したのである…。そしてなんと暴威は初のライブハウスを「打ち込み」で出演することを決意!?打ち込みをLUXIAのりょうくんに作成してもらう。この時点で不祥事はほぼ確定的であった。 そしてライブ当日。暴威は1バンド目に出演!!曲が終わった後しばらくしてタムの連打が発生するなど「打ち込みマジック」が発生する笑 そしてそんな打ち込みマジックに足を引っ張られたり助けられたりしながらライブが終了。正直音はしょぼいし聞こえづらかった。生ドラムの重要性を再確認させられる。この後暴威が奇跡を体感することになる。続く…。
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