―思いのまま気の向くまま―
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2004/11/30(火) 柿の葉
11月も今日で終わり本格的な冬に入った、今朝はウォーキングのため外に出ると小雨が降っていたが、今にも止みそうなので思い切って歩く事にした、幸い雨に降られる事もなくいつものコースを歩いた、東の空に少しかかった雲が金色に輝き眩いばかりの日の出である、妻と眺めながら『朝はこれが見られるから良い』と話しあう、

振り返ると先ほどまで降った雨が上がった西の空には虹がくっきりと浮かんでいた『アッ虹だ』大きな声に出勤途中のサラリーマン風の人も立ち止まり眺めていた

道路の脇にある柿の木の葉が錦織に色を変えて先ほどの雨にしっとり濡れ朝日に輝いていた、まるで今まで生きた命を最後まで誇らしく着飾って見せ付けるように美しかった

2004/11/29(月) もみじ饅頭
色々と忙しかった同期会も参加者全員に写真を送り一応一段落した総勢65名懐かしく元気な顔をあわせ談笑した、然し当日参加出来なかった者の中には既に他界した者も少なく無い、把握しているだけでも卒業時160名のうち36名ありその他連絡の取れない者も多数有る、年を追うごとにこうした同期の者達が他界していく、明日はわが身と心して健康に留意し、まわりの者に迷惑をかけない人生を送りたいと異口同音に言って別れた

ところで近所のOさんから紅葉饅頭を頂いた、紅葉饅頭は昔から宮島の饅頭として売られていたが、その昔漫才コンビの『モミジマンジュウ』のゼスチュアー入りの台詞で一世を風靡し、今では広島土産と言えば『もみじ饅頭』と有名になっている、

とは言うものの広島に住む私達にとって、余りにも身近でわざに買って食べる事もなく、度々宮島に行くが自分の食べる為の物は買ったことがない、だから存外こうして頂いたときは珍しいものに思える、

ただ、一口にもみじ饅頭というが宮島でこれを焼く店は沢山あり
当然店により色々味も異なり、買う方も『どこそこのものが美味い』と言う訳で買う店を決めている、私もH屋のもみじ饅頭に決め宮島に行った折には必ず立ち寄り店の奥の席で焼きたてのものを一つ美味いお茶で食べるのを楽しみにしている、無論土産もこの店で買う事にしている

2004/11/28(日) 焼肉パーティー
今日は久し振りに孫達が来ると言う事で先日来の風邪気も忘れて
彼女達の希望である焼肉パーティーの準備で大童、
駐車場にバーベキューセットを出しヒチリンを準備をする
幸いに小春日和で屋外も気持ち良く、楽しくパーティーを開いた

こうして飯盒を出しご飯を炊いたりすると何時も思い出すのはもう四十数年前未だ私達が結婚する前にグループでキャンプに行った際、カレーをする事になっていたのに肝心の肉を忘れた事に気付き父親に連絡し、連絡船に乗り届けてもらった事があった、若い日の思い出で未だに妻と語り草にしている

其の父親も亡くなりその時一緒に行った仲間達も既に皆年をり、立派な爺婆となっている

日の当たる場所に腰掛孫達が美味そうに焼肉を食べる姿を見ながらつくづく幸せを感じたひと時だった

2004/11/27(土) 柚子
昨日に比べ楽になった、久し振りに風邪でダウン、
有りがたい物で、生徒のNさんから採りたての柚子を『熱い柚子湯をして飲んでみんさい楽になるよ』と言っていただいた、
病院で薬を貰い合わせて飲み昨夜は早くから床に付いた、お陰で今朝はすっかり楽になった

柚子と言えば先日新浜のIさんから獅子ゆずの絵手紙が届いた
何でも直径が15センチもあるそうだが葉書一杯に描かれたその獅子ゆずは堂々としたもので一度現物を見たいものだ、

人間は情けない者で体調が悪いと全てがぼんやりとして集中力を失う、やはり健康第一・・・元気きが一番である

2004/11/26(金) 旬を食べる
流石の私もこの風邪には叶わない、何とか今月最後の教室は済まして来たが、咳と寒気、それに頭痛と来た日には参った、
病院に駆け込む、これから熱が上がってくるだろうとの事、
兎に角雑記帖だけは書き込んで寝ることにする

今日の画材は裏の畑で今朝掘りたての里芋である、私の好物だ
京の味にはかなわないが、薄味で炊き込んだものに柚子味噌を付けて食べると、正しく旬を食べたと満足する

2004/11/25(木) 少々風邪気味
今朝からクシャミが盛んに出る、何時ものアレルギーのせいだと思っていたが、少し悪寒がし体もだるくどうやら風邪を引いたらしい、近くの病院に行くと間違いなく風邪のようだ、かといって熱が出る訳でもない、えらく中途半端な風邪にかかったみたいだ、体と言うものは正直なもの、中途半端に体がだるい、

かといって風邪などに負けてはいられない、やる事は山積みにある、妻にも後押しされ頑張るつもりで居るが・・・・

ところで今我が家の庭には、花が少なくなっている、
菊は元気に咲いているが傍で『アブチロン』が申し訳程度に咲いている、此花は赤色の花で年中咲いていると思っていたが、実際には春から秋にかけての花のようだ、、今まで我が家のそれは赤一色だったが、今年義兄が鉢分けして呉れたもので黄色の花も咲いている、黄色が珍しいと思っていたが、他に白・橙・紅紫と有るようだ、今度チャンスがあればこれらも見てみたいと思う

まだクシャミが止まらず頭も思い、今夜は出来るだけ早く寝ることにしよう・

2004/11/24(水) ホワイトぶなしめじ
此処のところ割と忙しい毎日を過ごしている、考えてみれば嬉しい事である、先日の同期会で色々話を聞けば、同期の連中で毎日特別する事もなく、ボーットして過ごす事が多いい者がいるようだ、『それは駄目だ、何かする事を見つけないと呆けるぞ』と進言をした、

考えてみれば忙しい忙しいで過ごす私は幸せ者かもしれない、今日も教室から帰ると妻が珍しいからと買って置いてくれた『ホワイトぶなしめじ』を早速描きこうして今日の日記の題材とし書き込んでいる、

秋の日暮れは早く窓の外はもう暗くなり始めている、今日も無事に忙しく元気で過ごした幸せな一日に感謝する

ところで『ホワイトぶなしめじ』はマシュマロのような白く柔らかいシメジである、そしてかなり香りがする、『茸此処にあり』と言わんばかりに部屋中にしっとりした木の香の香りを漂わせている、茸は味より香りのもの、今までのシメジより良いかも知れない

2004/11/23(火) 人の命のたいせつさ
今朝訃報が入った、中学時代の恩師H先生のお母様が亡くなられたとのこと、先生とは先日同期会で会い、そのようなことは別段聞いていなかった、ところが急な訃報である、

お通夜と葬儀の際の帳場を頼まれ有志数人で駆けつけた、聞けば亡くなられた方は実に百一歳とのこと、本当に天寿を全うされめでたい事だ、然し目出度いと口では言っても親と別れると言う事は悲しく寂しいものだ、特に母親との別れほど辛い事は無い、流石にH先生は寂しそうだった

こうして与えられた命を此処まで永らえる人も有れば、出会いサイトで会った数人が集団自殺をしたとの報道があったが、実に罰当たりな事だと思う、この世の中に要らない命などあろうはずも無い、与えられた命を自らの手で絶つなどとは、思い上がりもはなはだしいと思う

人の死に直面し自分自身の生きる価値を見直した一日となった

2004/11/22(月) そうめん瓜の調理法
そうめん瓜を貰った、前々から不思議なものがあるもんだと思っていた、
そもそもこのそうめん瓜なるものは、南瓜と同属のものらしいとは以前何かで知ってはいた、然しそのままの形で食べる事は出来ない、
茹でると実は細くそうめんのようにほぐれてくる、其の歯ざわりはシャキシャキとしている、我が家ではこれを今までは酢物にしていたが、私自身余り好きなものでなかったので、パソコンで調味法を調べ、ベーコンを加えマヨネーズで和えてサラダ風に調理をして貰った、なるほど今までに無い味で美味なものだった・・・・お勧めである
又、ついでに感じた事だがパソコンは実に便利なものである、
ただこれも使いようでパソコンに向かう人の姿勢で非常に便利でもあるし又恐ろしいものでも有る、願わくば誰もが前向きに正しい使い方をして欲しいものだ

追記
今日は11月22日の語呂合わせで『良い夫婦の日』の日だそうだ、私達は良い夫婦だろうかと改め考えてみたが、殊更感じないで毎日過ごせる事がすでに『良い夫婦』なのかもしれない
・・・幸せなことと同じ様に・・・
兎に角毎日夫婦二人幸せを感じながら過ごしたいものだ

2004/11/21(日) 裸の柿の木
この時期になると柿の木は殆んど葉が落ちてしまい、枝にたわわな赤い実だけが付いた状態になる、

夕方散歩していると田んぼの隅のほうにそんな柿の木がよく目に付く、少し肌寒くなった風を受けながら、夕日に映えるそんな柿の木を見ると、何故か懐かしく感じそしてさみしく感じる、懐かしいと言っても、も私が昔そんな風景の中で育った訳でもないが
何故か昔見ていたような錯覚に陥る

日本人としての心のふるさとが有るのかもしれない、
何処と無く寂しく、何と無く郷愁を誘いそして冬を感じさせる、

正しく気候は冬である、今日などは天気予報では10月並みの気候だという、然し自然は既に冬支度の真っ只中だ、
風邪引き用心・・・・用心

2004/11/20(土) 幼友達
今日は中学の同期会、50数年ぶりに会う顔もあり懐かしく、久し振りに幼い頃に帰り楽しんだ

流石に65名の会を仕切らせて貰い久し振りにあれこれ気を使ったせいか少々疲れた、然し幼友達はいいもんだ、久し振りに会い懐かしさに手を取り合うだけで50数年前にタイムスリップ出来る

顔や体型が変わり年はとっていてもすぐに見分けが付く、
『元気にしていたか』の一言で分かり合える

今日は本魔ノ嬉しく楽しい一日だった

帰宅してみるとテーブルに山茶花が一輪さしてあった、隣に咲いたそうで、『描いては』と頂いたとのこと

寒さの冬になれば優しく温かい花が嬉しいものだ

2004/11/19(金) 冬が来た
広島市の中心で昨日から『胡子神社』の祭りが始まっている
子供の頃から『えべっさん』と呼んで楽しみにしていた祭りである
商店街はこの『えべっさん』を皮切りに歳末大売出しを行う
今では年中大売出しで、取り立てて歳末大売出しが目的ではないが、商いの神様で竹で作った大小の熊手を売る屋台が並ぶ、商売人や会社事務所は其の熊手で『金をかき集めるように』との縁起から、この熊手を買い胡子神社で祈願して貰い神棚に飾る、

私が子供の頃はどの家も年に一度の売り出しに家族連れで出かけ
あれこれ買いあさったものだ、私は小学校に入る前の年雪の中を出かけ、兄とお揃いで縦に金色のボタンが並んだダブルのオーバーを買ってもらった記憶がある

今ではこの祭りには若者が心無い行動をするため警戒を厳しくするとか、なんとも無粋な話である
ただこの祭りの声を聞くと本格的な冬となる、何年か前までは、
この頃から雪も降り始めていたが今は暖かい冬である

それでもポインセチアは真紅に燃え、シクラメンは淡いピンクに優しく染まる、クリスマスである・・・

2004/11/18(木) 野菜が安くなった
妻に聞けば今日八百屋さん(スーパーではなく)で胡瓜が3本で
78円であったそうだ、一時台風の影響で1本が100円近くしていたそうだ、事情はわかっても消費者にとっては本当に困った問題である、たった10日そこら前ビックリする程の高値の野菜がすぐにこうして安く元の値段に戻る、如何言う仕組みになっているのだろう

然しこうして野菜が高いとか安くなったとか色々不満を言っているが、地震災害にあって避難所生活を、余儀なくさせられている新潟地方の人達の事を思うと、随分贅沢な事だと思う、

日一日ごとに寒さに向かい、特に北国の寒さは私どもには想像も付かない寒さらしい、そんな寒さの中病人や老人そして幼子たちはどんなに辛かろうと思うと気の毒でならない、一日も早い完全復興を願うのみだ、

2004/11/17(水) 豆餅
シーズン到来である、妻はこの時期になると餅を搗き始める、
息子のところ、娘のところそして知り合いのために、大げさに言うと何時でも餅をついている、電動の餅つき器、我が家のそれは正しくフル活動である、丸い小餅は勿論だが、特にこの時季多く付くのは豆餅が多い、黒豆を入れて搗き小判型に伸ばし少し固まると、1センチほどの厚さに切り焼いて食べる、塩が利いて間食にもってこいである

丁度切る前の形が海の海鼠(なまこ)に似ているので、子供の頃からナマコと呼んでいた、

ところで小餅と言えば関東では切り餅のようだ、息子の住んでいる岩手県の方も、小餅は切り餅で四角とのこと、だから此方から送る丸餅は珍しくて喜ばれるようだ

今年も寒さの冬と共に我が家の餅屋さんが忙しくなるシーズンだ

2004/11/16(火) 焼きむすび
絵手紙教室から帰り玄関を入ると、香ばしい香りがしていた、
この香りは『焼きむすび』、案の定味噌味と醤油味の焼きむすびが、テーブルの上にのっていた、こうして私が帰る時間を見計らって妻は色々日替わりで準備してくれる、
時間的に教室が終わって帰る頃は、小腹がすく頃である
不思議なもので妻は私の腹の減り具合が判るらしい、その日によって準備をしてくれるものが変わって居る
無理も無い40数年も一緒に居ると、どうやら此方の身の内まで把握できるようだ、と言っても私にはこんな芸当が出来ないで、未だに彼女の謎の部分までは判断できないで居る(そのほうが良いのかも・・・・)
ところでこの焼きむすびは妻の母親がよく作ってくれていた
だから懐かしく忘れられない味でもある

2004/11/15(月) 桜が咲いた
同窓会の打ち合わせに行く時間に充分余裕が有ったので、久し振りの以前住んでいた町を歩いてみた、

本川沿いの土手筋は綺麗に整備されていた、川岸が広い遊歩道になり桜の木も植えられすっかり落ち着き、昔の雁木の様子は無かった、

ところで其の桜の木が並ぶ中一箇所四本ほどの木に花が咲いていた
今年は台風の影響で、広島市内でも方々でこの時季桜の花が咲いたとの事で、さして驚きもしなかったが、やはり桜の花は春に咲いてこそ美しく見え『サクラ』と言う実感がわくもので、この時季の桜はなんとも淋しく見える、

ぼつぼつ寒さの冬の風が吹く川岸で、己が意思でもないのに花を咲かせ何処と無く淋しく憐れにも見えた

2004/11/14(日) 秋の花
10月紅葉を見ようと宮島に行き島の人から『台風の関係で今年も去年の様に紅葉は駄目かも』と言われ半分諦めていたが大山や
吾妻山で見事な紅葉を見ることが出来、あれでもと思って義姉夫婦と出かけた、

行って良かった!!

台風の爪跡は方々に無残な姿を残していたが、紅葉は見事に錦織模様を示し見るものを感嘆させていた、久し振りに紅葉の見事な宮島を見て、本当の秋を実感する事が出来た

秋はこのような紅葉を初めとし花も優しくカラフルに目を楽しませてくれる、今日描いたセージも紫の小さな花が贅沢な美しさを示している、

花は良い季節季節に色々な顔で目を楽しませてくれる

2004/11/13(土) 台風にも負けず
先日県北の高野町を通りぬけた際、アップルロードと呼ばれる区域に入った、高野町は高野大根と林檎の産地として頑張っている町だとの事、

林檎と大根変わった取り合わせでは有るが、気候的にも土質からも夫々に生産に適しているからだろう、と言うのはまったく知識の無い私の想像に過ぎないが・・・・

其の一つである林檎畑が集まった地域がこのアップルロードとしてシーズンには林檎狩りで賑合うようだ、今年は続いた台風による被害でかなりの林檎が落下したようだ

そんな中見つけたしっかり枝に頑張っている赤く耀く林檎達が見えた、

思わずシャッターを切り『良う頑張ったんじゃね』と声を掛けたくなった

2004/11/12(金) 柘榴
此処何年前からかスーパーに柘榴が出ると必ず妻が買ってくる、
私は勿論の事妻も食べるわけでもない、と言うのは岩手に住む息子のパートナーが好きだと言う事だからだ、

彼女が広島に来た時たまたま柘榴が手に入り、見たことも無い無論食べた事も無いと言う事なのでので、食べさせたところえらく気に入ったようだ、

彼女の故郷岩手県では殆んど見る事もないとか、爾来この時期になると妻は初物を買い小包にし送っている

柘榴に限らず、無花果、枇杷、筍、柑橘類などなど、気候風土が異なると同じ日本でも見ることの無い物がある様だ、

日本が如何に縦長な国だと殊更感じている

2004/11/11(木) 柚子
立冬の声を聞いてから日一日と秋も深まり冬の近づきを感じます
特に日没後は少しでも早く暖かい風呂つかりたくなります

暖かい風呂と言えばこれも裏の畑の物で柚子を貰いました、
柚子を絞って鍋物を食べる、柚子の皮を少し入れるだけで吸い物や茶碗蒸しを一層美味しくいただくのもよし、何個か風呂の湯に浮かべ香りを楽しみながら体の芯まで温まる、これからは特に嬉しいものです、

旬のものは味と香りのみでなく体全体で楽しむ事が出来嬉しいものだ

2004/11/10(水) 旬の物
裏の畑は約100坪程の広さだと思う、其の中に実に色々な物が植えてある、次々と旬のものが実り、お陰で私達も旬のものを見たり味わったりのご相伴に預かっている

今日ははやと瓜が届いた、見たことは有るが未だ口にしたことはない、何でも瓜や胡瓜と同じ様に糠漬けにするとの事早速妻は漬けているようだ

暑い夏が漸く終わってと思ったら既に立冬も過ぎ季節は変わっていく、其の季節の移り変わりも畑に実る植物は見事に旬を告げてくれる、

とは言っても今年は次々に襲い掛かる天変地変、異常気象に植物も戸惑って居るようだ、然し間違いなく寒さの冬が近づいている
台風、震災に遭い避難生活をしている人達には一層辛い季節となる、一日も早く元の生活を取り戻せる様祈りたいと思う

2004/11/09(火) 雲海
山に分け入り秋を堪能し翌日の夜明けも待ち遠しく早めの就寝

窓の外が少し明るみを見せるや戸外に出た、晩秋の山での夜明けは冷たく身も心も引き締めてくれた、

早速山の中腹に向け進んだ、「小坊主」と呼ばれる地点で振り返ると、眼下に夢の世界が広がっていた『雲海』だ

話に聞き映像などでしか見たことも無い雲海が眼下に広がっている、妻と共に歓声を上げる、

案内役の義姉夫婦に感謝する『こんな素晴らしい風景を見る機会を呉れて有難う』

静かに広がる霧の海に山々の姿が浮かび正しく静かな海に浮く島
それは墨絵の世界そのものだった、

いや、墨絵ではなく現実にこの幽玄な風景を目の当たりして、ただ黙し見入るのみだった

素晴らしい紅葉の錦絵を観、夢の世界のような雲海を目の当たりにし今回の旅は忘れる事の出来ないものとなった

2004/11/08(月) 吾妻山の麓
ループ橋の景観を後にしていよいよ吾妻山に向かう、流石にスキー場などを抱える山の麓に近づくと紅葉も正しく錦織り成す山肌になる、

山すその民家を包み込む紅葉は錦絵を観るような気がする、『来て良かった』妻と何度も同じ言葉を繰り返しながら、義兄の運転する車を何度求めてもらい景色を堪能した

こうして一日目は終わり宿に着き山の日暮れの早さに驚きつつ、翌早朝の雲海を楽しみに早々と床に付く

2004/11/07(日) ループ橋
正しく秋らしい良い天気になった、以前から紅葉を求めながら其れらしきものに出会うことが出来ないで今回こそと思って出た旅だった、
広島のバスセンターを朝7時45分出発、県北庄原に9時31分着、妻の姉夫婦と合流しいよいよ紅葉を求めてのドライブである、もう其の辺りから色づいた山肌を見ることは出来たが、途中先般の台風の爪跡はあちこちに見られた、なぎ倒された杉や桧が折り重なった状態に自然の猛威に驚かされた、

錦織りに色づいた山が目の前に現れ始め感嘆の声を幾度か上げながらトンネルを出るといきなりループ橋が目の前に姿を見せた、

このループ橋は広島と島根の県境に架かり『おろちループ』と言われ二重のループである、三井野原スキー場のそばにあり、この辺りはやがては雪深い山になる、

そうした山の中にある赤く塗られた橋と山の秋色模様が素晴らしいコントラストとなり、例年には及ばないと言われる今年の紅葉もそれなりの美しさで私の心を揺さぶり、今度の旅に一層楽しみな期待を持たせてくれた

2004/11/06(土) 紅葉と雲海
先ほど帰宅した、昨日今日と二日間観そびれていた紅葉をどうしても観たくなり妻の姉夫婦を誘い県北の吾妻山に行って来た、
義兄の運転する車で奥出雲まで足を延ばす、ループ橋の辺りから山は見事に紅葉していた錦織り成す山々に感動しながら目的地の吾妻山にさしかかると、過日の台風の爪あとも生々しく山の木々が折れ重なった様子も何箇所か見えたが、宿泊所に付くまでの道中は真っ赤とは行かなくても、見事に紅葉した木々のトンネルが幻想的に続いていた、
ホテルに着き風呂に入り道中の見事だった景色に思いを馳せゆっくりしていたが、秋の山の日暮れは早く翌朝の雲海を楽しみに床に就く

目覚めると夜明け前を待ちかね山の中腹まで登り、はるか見渡すとそれは見事な霧の海だった、まるで墨絵のように霧の海に浮か山々・・・・・

墨絵では無い今現実に目の前に広いがる景色は前々から是非観たいと願っていた雲海なのだ、其の雄大な幻想的な風景に心が震えて涙さえ出るほどの感激を覚えた

何枚かの写真に収めたが明日以降一枚でも絵に出来ればと楽しみにしている

今日は裏の畑で採れた「はやと瓜」同じ瓜でも随分色々有るものだ、この瓜も今が旬のようだ今日も道中立ち寄った「道の駅」にも大根などと一緒に並べられていた、漬物にして食べるとの事だが・・・・

2004/11/05(金) 旬のもの
秋が深まり世の空けるのも随分遅くなった、窓の外はまだ暗い
現在5時35分流石に空気は冷たい、

今年はまだ満足できる紅葉にあっていないのでもう一度紅葉探しに挑戦してみたくなり、今朝は焼く出発し県北の吾妻山に出かけることにした、

やはり季節には季節の旬が欲しい、野山の風景、花、野菜、海の物せめて旬を感じるものに接したいと思う、特に絵手紙をやっていると旬のものに敏感になってくる、

スーパーの棚で旬のものを見つけたときの喜び、野山で旬の花や木の実などに出会った感激は大げさな様だけど『やあ今年もまた出会えたね』と声を掛けたくなる、

さて今回こそ美しい紅葉に会えればいいが、少々贅沢な希望を胸に出かけることにしょう

2004/11/04(木) 幼馴染
懐かしい歌に『幼馴染の想い出は・・・・・』と言うのがあり、其のイメージからレモンは黄色で酸っぱい物と思っていたが、緑色のレモンも有るようだ、

幼馴染と言えば、今日同期会の件で中学時代の女の子?に何年振りかで会った、

久し振りに会っても彼女は変わっていなかった、勿論それなりに年はとっていたけどあの頃の面影そのままで、話をしていて幼い頃に戻ったような複雑な気持ちに成った、この歳になってもこんな気持ちに成れるなんて、私もまだまだ大丈夫だ・・・・

少し変かな?

2004/11/03(水) カタカナ言葉
最近といってもずっと以前から感じていた事だが、やたらカタカナ言葉が多いと思う、

特にテレビやラジオなど報道関係でやたらと出るカタカナ言葉に我々年代の者は戸惑うと言うより、付いていけないことが多いのには閉口する

ならば其れを理解できるように勉強しろと言われても無理と言うもの、学生時代だって英語が苦手で出来るだけ避けて通ったくらいだから、今更勉強しろと言われても・・・・

国際社会に通用する為に必要なのかもしれないけど、やはり日本なのだから日本語を正確に用いたいと思う、かといって私自身自分の国の日本語が完全とは言えないが、最近よく言われている日本語の乱れもこのカタカナ言葉の氾濫が原因の一つの様に思う

先日もテレビを見ていて、最初から最後までカタカナ言葉を早口でまくし立てるだけで、結局何の宣伝だったか分からないままだったのには妻と顔を見合わせ苦笑いした

いずれにせよ日本人は日本語を最大限に正しく使いたいものだと
思う、つい老人の愚痴っぽい話になったが、これが時代というものだろうか・・・

2004/11/02(火) 野菜が高い
困ったものだ、台風のあおりで野菜が高騰している、政府も何とか抑える為に手を打っている様だけど今日辺りから少しずつではあるが値下がりし始めたようだ、

何せピーク時には近所のスーパーに出ている胡瓜が一本160円もしていた、其れまでは袋に詰め放題で幾らなどといっていた代物だ、其れが台風が通過した途端の値上がりである、其の胡瓜も今日のチラシでは一本39円になっている

えらく世帯じみた話になったが、近所の奥さん達と妻との会話を小耳に挟み「なるほど」と納得した、と言うのも朝のサラダが数日間いつもと違いボリュウムにかけていたのだ

何にしても物価の高騰は庶民にとっては大問題なのだ
ただ妻との話で『野菜が高いといって文句を言わないで安くなるのを待てば良い、少々食べなくっても新潟の被災者のことを考えれば、我慢できるはず』ご尤もな説である、大いに反省すべきだと思う、贅沢に浸りすぎた者の愚痴だったと反省する

2004/11/01(月) 爺馬鹿結構
実に爺馬鹿な私である
然し何と言われようと嬉しいのだ、可愛いのだ
遠く岩手県に住む孫の健太が林檎狩りに行き採ったと言う林檎が届いた、

果物が苦手な私だが、この林檎だけは美味いのだのだ
『皆で食べてね』電話の向こうではっきり話せるようになった孫の声に涙さえ出そうになった

爺馬鹿丸出しなのだ、何と言われようと其れが嬉しいのだ

然しこんなに喜んでいられるのもお互いが元気だし何事も無い安穏な生活を送ることが出来てからの事

今、新潟の方では沢山の人達が苦しんでいる、漸く救出された私の孫と同じ位の子供さんの姿をTVなどで見るに付け何とも言えない複雑な気持ちに成る

今年は異常だ、天災、人災酷すぎる、如何言う事なのだろう
このような時せめて一人一人の心が優しさを失わないように願うのみ・・・・・・・


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