―思いのまま気の向くまま―
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2004/08/31(火) ラジオのリスナー
最近絵手紙を描くとき私はラジオを聴きながら描いている、
人によっては静かな雰囲気で集中したいと言うタイプ、何か音を特に音楽を聴きながら描くタイプ、と色々有るが私は後者の方で、特に音楽を聴き心でリズムを取りながら描いている、

時折色んなラジオ番組のリスナーとして投稿し、自分の投稿した物が読まれる事に期待し、心をときめかしながら筆を進めている、

先週の土曜日私の作品が採用され、おまけに選ばれて商品を貰った、送られてきた物は番組のパーソナリティーが中国から買って帰ったと言うTシャツだった、デザインとして書かれている京劇の面を描いてみた、

ミーハーと笑われるかもしれないが、これも私にとっては心ときめかす一つの手段である・

2004/08/30(月) アケビ
台風16号が来ると言う、朝から曇り空だったがやはり予想通り午後から雨と風が強くなった、お陰で窓を開けることも出来ず部屋は蒸し風呂状態、余り冷房が好きでないので出来るだけ我慢している、お陰で此処のところ日に3〜4回シャワーのお世話になっている、当然洗濯機は満タン妻が忙しくなっている、

ところでその妻が今朝雨が降る前にと農協のスーパーに行き珍しいもの物を見つけてきてくれた『アケビ』である

まだまだ小さい実だが山に行けば、実際になっている物が見られると思うが、これは只観賞用に農家の方が出荷した物だ、

アケビは熟れてくると紫色になりたてにパカッと割れ中の白い部分を食べるとの事、無論私は食べた事もないし、アケビそのものを見たのも最近の事だ、不思議な物があるもんだと感心している、

それにしても風と雨がだんだんとひどくなるようだ、二年前も我が家の近くで雨による土砂崩れがありかなりの被害が出た、このたびも相当大型のようだ、大変なことにならなければ良いが、

2004/08/29(日) オリンピック
沢山の感動を呉れたアテネ、オリンピックも今日で終わりオリンピック発祥の地アテネでの大会、実に意義あるオリンピックである、

様々の感動があった、歓び、涙、若者達の汗も涙も実に爽やかだ
中でも判定ミスに、血の出るような悔し涙しても人を恨まず自分の力不足と涙ながらの言葉は、見る者に感動の追い討ちをかける見事なスポーツマンを感じる

そのオリンピックも今日で最終日、既に帰国した選手もあるが、
今から次々と帰国してくる、メダルを手にしたもの惜しくも敗れた者、然しどの選手にもご苦労さんよく頑張ったねとねぎらいの拍手を送りたい。

ところで話は飛ぶが、毎日絵手紙を描き続けていると冷蔵庫の中の物、身のまわりの物も全て描き尽くし、画題に困る事があるそんな時にはあえて妻を誘いスーパーに出かける、商品棚を眺めながら歩いていると必ず見つかる、野菜や果物の方から声を掛けてくれる、『私ゃ今が旬の物だよ』『僕は朝採れ野菜だよ』『永く俺を描いてないだろう』などと。

今日はキャベツが声を掛けてきた『俺を永く描いてないよ、二人きりだから半分のを買ったら良いよ』・・・・と

2004/08/28(土) ツユクサ
台風16号の影響だろうか、此処2・3日はジワーッと重いべっとりした暑さだ、不快感極まりない、こうして座ってパソコンに向かっているだけでも汗ばんでくる、

そんな朝庭の隅に本当に小さな花を見つけたツユクサである、濃いブルーの小さな花が、夜明けの風に吹かれ小さく揺れている。

本当に小さな秋を見つけた思いがする、花はこんなに小さくても季節になれば花を付け、一生懸命自分の存在をアピールしている、

只ツユクサの花は太陽が昇るまでの命ほんの僅かの間だけその可憐な花で見るものを和ませてくれる、こうして描く間に花の命は終わる儚い命である

2004/08/27(金) 彼岸花
朝のウオーキングコースに農家の傍を通る箇所がある、そこは昔ながらの農家の様子が残った私の好きな場所だ、家の周りは田んぼと畑に囲まれており、私達が何時も通るのはその家の裏に当たる道だ、そこには栗・無花果・柿・柘榴など特に今年は沢山の実をつけている、

それぞれ日を追うごとに実も育ち間も無く色づき始める事だろう
毎日眺めながら楽しみにしている。

その道に彼岸花が咲いていた、時期的には少し早いように思うけど秋の訪れと共に花開く、自然の営みの不思議さえ感じる、

今年は何時ものより台風が多く襲ってくるように思える、今も台風16号が近づいている旨放送している、どうか折角実った実が台風で落ちないように祈りたい、

頑張れよ栗も柿も無花果も柘榴も皆台風に負けないでしっかり
枝に付いて居ろよ、・・・そっとエールを送る

今日の彼岸花は割り箸を折ってその折口で描いたものです

2004/08/26(木) 秋刀魚は炭火と大根おろし
秋が来た、まだ残暑の厳しさはあるがとりあえず秋だ、

私は酒を止めて14年半今は全くアルコールは受け付けなくなったが、その分食べる事が楽しみになったけ、然し物事そう上手く行かないもの、ドクターから食事制限をされている、

然し許される範囲内で食べる事を楽しんでいる、

そう言う意味から秋は楽しみではある、旬の物続々出るしこれは食べる楽しみだけでなく、画題も豊富になり心も弾むわけだ、

こんな意味で生秋刀魚は食べる方の代表の一つだある、本格的にはヒチリンを出し炭火で焼き大根おろしでフウフウ吹きながら食べる、これは言う事無しの旬の味だ

果物は色々沢山あるがそのほとんどは私にとっては画題の旬である、熟れて来るのが本当に楽しみである、

秋は本当に楽しみだ、自然、野菜、果物そして魚・・・旬が一杯である

2004/08/25(水) 旧交を温める
友人のH君が山陰の浜田の方に仕事で行くと言うので夫婦で便乗させて貰った、

浜田市内に古くからの友人Nさん親子が居る、昨年私の父が亡くなった折お供え物をして貰っており、お孫さんの誕生の祝いも兼ね挨拶に行きたいと思いながら今日までになっていたので、正直ほっとした次第だ、又久し振りにNさんとも会いたいとの思いがようやく叶い、懐かしく旧交を温めた、

道中の高速道路は秋の様相を示し緑が美しく、胸の中一杯に新鮮な空気で一杯にしてくれる、浜田のIC付近の道路の側面には白い百合の花が咲き乱れ緑に一層映えていた、

9月の教室では花を描くことに成っておりこの百合も是非描いてみたい画題である、その前にケイトウの花を描いてみた、

ケイトウの花は鶏の頭にその形が似ていることからこの名が付いたと言う、昔の人は実に風流な人が多かったと見える、花にせよ野菜にせよその名の由来は実に面白い名をつけていると思う。

2004/08/24(火) 機械音痴
機械に弱い者は如何しても機械ものを完全に使いこなす事が出来ない、私など典型的な機械音痴なのかも知れない、

最近はほとんどの人が携帯電話を持っている、私も何とか欲しいと思って持つ事にしたが、残念な事に使いこなす事が出来なく、
今では妻の物になっている、教室などで家を出るとき持つ事は持って出ても、着信の曲が鳴ってもまともに会話できるか不安で仕方ないのである、

只パソコンは必要に迫られ必死で習い、必要な事だけ最小限我流で覚えて、どうにかついていっている状態だ、

たった今もようやく手にしたデジカメで友人の属するグループ展
の作品を撮って帰り、パソコンに取り込もうとし失敗してデーターを全部なくしてしまった所だ

何にしてもこの機械音痴如何すれば良いものやら、時代の流れに付いて行くのに大変である

あんなこんなで少々苛付く心は緑の物を見ることで和らぐかも
との思いでカイワレを眺めてみた・・こんな小さな緑では効果ないかも・・・

2004/08/23(月) 枯れ葉
残暑が厳しい毎日だが、今日は雨が降ったり止んだりで温度的には少し楽だった、とは言えやはり少し動くと汗になるのはやはり湿度が高いせいだと思う、

そんな雨模様の庭に紫陽花の花が咲き誇った後の茂った葉もぼつぼつ色が変わりかけて居る、

艶やかな花を支えてきた葉も今では役目も終え、やがて枯葉となる定めに今は只時を待つばかりの風情である、

人の世も思いっきり働き、やがては年老いて行きそして枯れはて
命燃えつけて行く、儚いと言えば儚いがせめて命ある限りお己が
満足いく生涯を送る事が出来れば良いと願うのみである、

2004/08/22(日) 葬儀
予報では雨と言っていたがどうやら今まで曇り空のままもてた
昼前から同級生O君の葬儀に参列していた、

O君はある会社の会長の肩書きを持ち社長職は既に長男に譲り渡していた60歳から体調を崩し68歳で亡くなった日まで入退院を繰り返すと言う闘病生活だったと言う、

彼が生前言っていた言葉に「何ぼ金があっても元気じゃないとつまらん」見るたびにやつれていく彼を見ていると、その言葉が身にしみるようだった

彼は私の展には必ず観に立ち寄ってくれた、何時も奥さんの肩につかまり夫婦揃って姿を現していた、晩年は糖尿病から来る緑内症のためほとんど視力がないとのことだったが、会うと何時もにこやかに声を掛けてくれた、

葬儀のお別れのとき彼の幼い孫達が大人の家族に混じって声を上
げ悲しんでいる姿が、参列者の涙を誘った

彼は非常に幸せな一生を送ったのだと改めて感じた、
家族参列者が手に手に別れの花を手向け永久の旅立ちをする彼の顔は正しく好々爺の顔であり穏やかそのものだった。

『幸せだったんだな、良かったな』と声を掛けようとしたが、
不覚にも胸がこみ上げて声にならなかった。

今日の絵手紙は梨を描いてみた、梨は秋の旬の物のはしりだと思う、梨を皮切りに旬の味覚が次々と出始める

2004/08/21(土) ロマンチスト
季節はすっかり秋、蝉の声に替わってコオロギ、鈴虫など秋の虫の合唱である、実を言うと私は一年の中でこの時季が一番好きだ
暑さも和らぎ虫の声に合わせ涼しい風が窓から入ってくる、

本当に優しい心にもなるしロマンチックな思いに浸る事も出来る
柄にも無くと言われるが、私は元来ロマンチストなのだ、

かつてはハイネの詩集に没頭し、藤村の初恋に胸躍らせ、啄木の一握の砂を繰り返し呼んだ事も・・・ただし何十年も前の事だが

只時が移り姿かたちは変わっても心根はあの頃の思いは残っている・・・残している積もりだ・・・

人間一生叶う叶わぬは別として、心の何処かにこの気持ち残しておきたいもの

*黄色は幸せの色だからと言って友人U君の奥さんから昨日黄色 のコスモスを貰った

2004/08/20(金) 訃報
友人U君夫妻と朝から出かけ先ほど帰ったが、留守電とファックスで同級生O君の訃報が入っていた、又一人友との別れだ、

私の年代と成ると毎年のように悲しい別れがやってくる、悲しい事だが生かされた命、一度は必ずやって来る定めだ、

こうして友の訃報に接するたび私は心の中で逝ったともに問いかける『君の人生満足できたか、幸せだったか』と

人は夫々その人なりに幸せな人生を送っているはずだ、そうあって欲しいと思う、せっかく生を得てこの世に生まれ生かし生かされた人生、幸せで無くってなるものか、それなりの幸せを感じて一生を送りたいものだ

O君の冥福を祈りたいと思う    合掌

2004/08/19(木) 台風
昨日来より台風の接近が報じられ特に四国地方には随分被害が出て亡くなられた方もあるとの事実に気の毒な事だ、

神は随分残酷な仕打ちをされる、今年は特に台風が多いように思える、そのたびに土砂災害が発生し幾人もの尊い命が奪われている、

今まで人間達が自然を破壊し続けた報いなのではなかろうか
『人間どもよ己の欲望のため次々と破壊していった自然が怒っている、悲しんでいる』吹く風の唸りがこのように聞こえてくるようだ。

ところで先日教室のSさんが『描いて』と言って持ってきてくれた物は実に不思議なものばかりはいっていた、この『オクラ』の
親玉みたいなのは何だろう不思議な物だ、兎に角面白いので描いてみることにした

2004/08/18(水) 祭り
9月の教室で『日本の祭り』を画題とすることにした
今までは花・果物・野菜他殆んどの画題が静物だった、だから祭りや民謡の踊りなどのように動体を描くことも楽しいと思う、

そういう意味で日本各地の祭りや民謡を調べてみた、随分色んな祭り民謡がある、滑稽なもの楽しいものそして怒り悲しみを現すもの、その土地、地方によって様々な表現がある、

誰でも知っているものからひっそりとその地方だけに伝わるもの、日本人の喜怒哀楽の心が伝わる祭りを見直す良い機会でもあった

2004/08/17(火) 無花果
朝からはっきりしなかった空はとうとう雨になった、お陰で気温も少し低くなったのか幾分はしのぎやすい、

思いがけない地物の無花果を貰った、広島では昔から無花果と言えば江波か古江今では江波は殆んどなくなり古江もかなり少なくなったようだ

それにしてもはちきれそうなこの無花果は最高の画題である、店頭に並ぶものは何処となく硬く手にとって見てもずっしり感が無い
例によって私は好んで食べないが、掌に載せ眺めているとジワーッと中からにじみ出るような果汁の粘りが伝わってくる、久し振りに後で食べてみるか・・・・

2004/08/16(月) アレルギー性鼻炎
お盆休暇も終わり世間一般は明日から本格的に始動し始める、
私とて一応気分を切り替え普通の生活に戻す積もりだが、何でか今日は夕方からアレルギー鼻炎の症状が出てクシャミの連発、気持ちを集中する事が出来ない、困ったものだ・・・・

ところでテレビのスイッチを入れればオリンピックの映像、ガンバレ日本と思っても女子バレーの負け戦、『しっかり頑張って打ち込め』と力を入れればクシャミ・・・

如何にもならない・・・

今夜は早めに寝たほうが良いかも・・・・・

2004/08/15(日) Uターンのこと
今年の盆は実に静かな盆だ、親が生存中はかなりの来客があり妻にとっての盆と正月は大変な日だっただろう、
昔からの習慣というものは実に無駄な事が多いい、今現在も盆と正月と言えばUターンなどと言って家族ぐるみの大移動だ、何とかならないものだろうか、大変な混雑をきたし交通事故の原因ともなるラッシュ、

かたまった時季でなくこのUターンの時季を分散する事は出来ないものだろうか、一度に兄弟達が家族ぐるみで帰った日には受け入れる親の方、それ以上に長男のお嫁さんはたまったもんじゃないと思う、結婚以来私の妻は長男の嫁として盆と正月の度つらい思いをしてきたと思う、今頃こんな事に気が付いたのでは遅きに失すると言うものだが済まなかったと思う、だから今でもこんな思いをしている人のためにも何とか方法はないものかと考える、

ところで人間誰でも好き嫌いはある、特に食べ物に関しては
食わず嫌いと言う事もあるが、どうしても好きになれないものは好きになれないのだ、妻は葱が駄目だ例え一ミリほどの葱でも駄目なようだ、薬味には無くてはならない葱なのに・・・・・

2004/08/14(土) 盆灯篭
『盆を過ぎりゃあ涼しゅうなるけえ』子供の頃から良く聞かされて又私自身もそう信じているそのお盆である、

事実朝夕の風が少しずつ和らぎ秋の気配が感じられるようになった、

お盆と言えば広島を中心に浄土真宗である安芸門徒の習慣で昔からこの時期になると墓地は色とりどりの盆灯篭で花盛りとなる、
我が家は真言宗で盆灯篭は墓前に立てないが、子供の頃から慣れ親しんだ風景である

この盆灯篭には色紙で華やかに飾ったものと、真っ白い紙を貼り付けたものがある、この白い方は初盆の墓前に供える

地方によってお盆の習慣はさまざまだが、よく聞く習慣は迎え火
の習慣である、軒先でたいまつを燃やし先祖を迎えると言う習慣は各地で行われている様だ、

少なくなった日本古来の風習の一つのお盆何時までも大切にしたいものだ

2004/08/13(金) 残暑
お盆です今朝は初盆のH氏の仏前にお参りした、仏壇に手を合わしていると流石に万感の思いがした、午後我が家の墓参りに娘と孫と一緒に花と線香を持って行った

日一日と吹く風が秋を感じるようになった、窓から吹き込む風は昨日より今日と爽やかさを感じる、そんな中に芙蓉の花の薄いピンクはなんとも上品に見える、

秋を感じるのは風だけではなく、朝夕のウオーキングの途中見る栗や柿の実だ、鮮やかな緑のイガ栗が日増しに大きくなって行き、緑の実が黄色から朱色に色が変わりかけたものが混ざったりしている柿の実、

間違いなく秋は近づいているのが見える、然し日中の暑さはまだまだ残暑は続きそうだ、
やはり歳のせいではなく今年は特に暑いのだと一人自分に言い聞かせる

2004/08/12(木) 夏の食生活
毎年夏こそ頑張って食べる物は食べ元気で居なければならないと思う、特に野菜など十分に摂取する様良言われ、自分でも理解している積もりだが、ついつい食欲がなく食べやすい物で済ませる事が多い

ところが今年の夏は殊更食欲が無くなる訳でもなく至極順調だ、只医師の方から食生活についていくつかの制限は受けているが、それさえクリアーすれば至極元気である

今日も近所のMさん一家から誘われ山口県の方までドライブに行き、その挙句ボーリングに誘われた

二十数年ぶりにボウリングのレーンの前に立った一応人並みのスコアーを出す事は出来た、然し後々の事を考え1ゲームで止めて置いたが、まだまだいけると自信を持った。

こんな事をする為にも、ブロッコリーなどを大いに食べしっかり体力を付けなければと思った残暑厳しい一日だった

2004/08/11(水) ハイビスカス
残暑の厳しさに汗だくで筆を進め朝から今のところ27枚描きあげた、只窓から吹き込む風は秋を思わせる爽やかさが救いとなっている。

鉢植えのハイビスカスが揺れている

当分この暑さは続くだろう、然しやがてお盆が過ぎるとすぐ涼しい秋そして寒さの冬毎年の繰り返しそのなかで今年は特に暑いとか今年の寒さは厳しいとか・・・些細な事ではなかろうか、
然し人間はこうして生かし生かされた命に自分自身の幸せを見つけ頑張っているわけだが、兎に角せっかくの命大いに幸せな一生を過ごしたいものだ、

ただ自分が不幸か幸せかはやはりその人の心の持ちようだと思う

2004/08/10(火) 画題と語りあう
窓から入る風は少しは秋めいたような気がする、然し日差しは依然として暑い、だから会う人毎交わす言葉は『暑いのう』である

ところで私は野菜・果物など描くときは(先ず画題を持って重さを感じ香りを嗅いで暫く見つめ色を確かめる)若しその物が私の好きな物でない場合は、その時だけでも(私はこの物が好きだ大好きだ)と念じ好きになってから筆をとることにしている、

不思議なものでそうして描き始めるとその画題は語りかけてくれる、画題と話しをしながらそして楽しみながら描くことが出来る

嘘のような話だが騙されたと思って今度絵手紙を描く時この手を使ってご覧、間違いなく楽しく描くことが出来るから、

 ホ・ン・トだよ

2004/08/09(月) 立秋過ぎて
立秋が過ぎたと言うのになんと暑いこと、とは言え夕方の散歩に出かけたときは風が少し柔らかくなった気がした、

一昨日キャンプ場に行く途中おもちゃ南瓜が目に付き買ってきた
おもちゃ南瓜は面白い者だ、画題に事欠かないほど種類は豊富で
色・形・大きさは色々多彩で十分楽しましてくれる

さて話を元に戻すと今年は岩手の方まで連日30度越える暑さだと言う、もともと寒さ厳しい土地柄子の暑さにはへきえきしているとおもう

兎に角暑い毎日だ何か良い解消方はないもんだろうか

2004/08/08(日) キャンプ
予てから計画していた(計画は主に高校生の孫娘)キャンプから先ほど帰ってきた、孫娘たちは現在我が家のリビングで爆睡中である、大きくなったものだキャンプの行き先から準備殆んど孫達で済ませ、爺・婆は只ついて行くのみ・・・・

キャンプに行くなど子供達が高校を卒業するまでは毎年のように行っていたが、下の子が卒業と同時に行っていない、二十数年ぶりのことだ

年甲斐も無く張り切って孫と一緒に海に入り泳いだりしたもんだから・・・・体のあちこちは痛むし日焼けした首周りはひりひりするし、然し実を言うとこの痛みは嬉しい表れなのだ

キャンプ場で嬉々とバーベキューの準備をし、飯盒で飯を炊く
孫娘の姿に目を細め時には涙さえ流した爺・婆の幸せな二日間であった

2004/08/07(土) 旬にこだわり
季節季節に野菜が旬を競い店頭に出た野菜で季節を知るのも楽しみだが、最近はハウス物が多く季節感が大分ずれている、

やはり茄子・胡瓜・南瓜・トマトは夏の畑に実る物と言う事が
記憶にある関係でこの時季紫色の茄子が店頭に出れば季節を感じ、緑色の胡瓜を見れば胡瓜畑を思う又南京を見れば畑にごろごろ横たわる夏を感じる、これが旬と言うものだと思う、

技術の進歩時代の流れそれはそれで良い事だけど、私はやはり旬の物は旬になどと頑なに思いたい

かといってハウス物を食べないわけでもない、只感覚的に旬と言う言葉の響きが好きで忘れたくないだけなのだ

これも一つの贅沢なのか・・・・・

ところで今朝は間も無く出発し、孫達とキャンプに出かける
本当に久し振りのキャンプである、孫達が心配するほど張り切っている

2004/08/06(金) 心を繋ごう
とうとう今年もやって来た、熱く悲しく苦しいそして憤りの日が

59度目の永い一日だ、沢山の人達が沢山の悲しい犠牲者の霊のために祈りをささげる

心から平和を願い誓いそしてあの悲しみを苦しみをそして憤りを
忘れないで後の世に伝える為に

一人一人の力は小さいが世界中の人達が心を合わせればきっっと平和な世界は来るはず

国と国の違い、信ずる神の違い、考え方の違いそんなものを乗り越え同じ人間同士心と心を繋ぎあいたいものだ

2004/08/05(木) カボチャ
今日も灼熱の暑さと言いたいほどの気温、明日の原爆記念日を控え平和公園の方は随分の人出だった、暑い暑いと思いつつ慰霊碑のそばを通りながら、あの日口ではいえない暑さ苦しさのなかで沢山の人が命を失った事を思い浮かべると、「こんな暑さは何のその」と思いたいが・・・・やはり暑い・・・・

ところで今朝裏の畑の一番成りの南瓜を戴いた、そして早速描きその後煮物として食卓に上がった、

この時季南瓜と言うと、既に無くなった伯父が原爆が落ちた直後
焼け跡の畑で表面が黒焦げになった南瓜を見つけ、自宅に掘っていた防空壕に持ち帰り食べたら、すごく美味かったと後々まで言っていたことを想い出す、その伯父はよほど頑強と見えたが若く50歳代で無くなった、これも原爆症のためだろうか

75年は草も生えないと言われた広島も、原爆の後人々は復興に力を出し始めたのも間も無くだった、翌年には焼け野原のあちこちにバラックも立ち畑には南瓜トマト茄子胡瓜と見事に育っていた

私達子供にとっては絶好のオヤツでもあった

人の力は素晴らしい、頑張れば出来ると言う事を子供心に知った時代でもある

2004/08/04(水) 真の平和を求めて
毎年の事この時期になると実を言うと私の心はブルーになってくる、とは言うものの周りの人たちには関係無い事なので出来るだけ平静をたもって普段と変わらないようにしている、

今年もあの永く暑い日がやってくる、ある人は『何時までも悲しみを引きずっていないでいい加減にそんな影は断ち切ったら』と言うけど、私には断ち切れないし断ち切る気持ちも無い、ともするとあの悲しみと憤りが風化しそうな状態だが、絶対に風化させたくない、風化させてはいけない事なのだ『世界に本当の平和が訪れるまで』

私もいまだ帰ってこないままのたった一人の兄を失い、両親も
其の子の帰りをひたすら待ち原爆症に苦しみながら黄泉の国に旅立った、このような思いをするのは私だけではない、広島・長崎にはいまだ数知れない人たちが行方の知れない肉親を今尚待ち続けているだろう、

このような悲しみを次の世代では繰り返してはいけない、そのためにも忘れることなく真の平和をもとめ続ける。

2004/08/03(火) 時の流れ
台風は豪雨と言う置き土産で各地に爪あとを残して通り過ぎた、
今日は流石に雨もやみ過ごしやすい一日だ。

朝、同級生から久し振りの電話を貰った、電話の主の妹さんが亡くなったことを聞く、若き日の想い出が頭の中を駆け巡る、おさないころのほろ苦い思い出である、

確かに歳を取った事を思い知る、ほろ苦い想い出も懐かしく思い
抵抗もなく想い出として語る事が出来る、

棚に置いた時計から小刻みに時を刻む音が聞こえる、やがて時の流れと共に今こうしている私自身も、思い出のなかに語られる事だろう、時は残酷なものだ人の心に関係なく流れていく、今この瞬間を其の流れのほんの見えないほどの点として、其の瞬間の後忘れ去るかもしれない、

だから私はこの瞬間を大切にしたい、生かし生かされたこの瞬間の命は、絶対に二度と来ない筈だから・・・・

2004/08/02(月) 向日葵と朝顔
台風が通り過ぎ昨日から雨が降り続いている、雨の中の庭に先日まで太陽に向け胸を張っていた向日葵が頭を下げ花ビラも細くなり数も少なくなり見るからに憔悴しきった姿で立っている、台風の風に翻弄され花も天に向かう元気もなくなってしまったのだろう、それにしてもあの風に倒れもせず良く耐えたものだ、

ふと見ると朝顔のつるが向日葵の茎に巻きついている、朝顔にしてみれば、つるの行く手を探している間に向日葵の茎にたどり着きこれ幸いと巻きついたようだ、

それにしてもまるで向日葵が風に翻弄されているのを見かね
『がんばれがんばれ』とエールを送っているように見える

微笑ましい姿になぜかほっとさせられた

2004/08/01(日) 似の島
台風もどうやらたいした爪あとも残さず通過したようだ
先日原爆犠牲者の遺骨と共に発掘された遺品を見に行ったことは書いたが書き残した事があったので再度取り上げてみた

このたび発掘された似の島は広島市の南区内にあり、宇品港からほんの手の届きそうな位置にある

原爆投下直後私の両親は何度もこの島を訪れている、被爆者がこの島に運ばれたと聞き、又川に入った私の兄があれでも流されて収容されていないだろうか、

息子の名を呼び続け訪ね歩いた両親の目に耳に兄の返事は無かった。

そんな母は10年前父は昨年帰らぬ人となったが二人とも黄泉の国に行って兄に巡り会えただろうか、それとも今尚其の姿を求め訪ね歩いているだろうか、

『兄さん若し貴方が似の島の土の中に置き去りにされて居るならば、呼びかける私の心の声を聞いたなら、ほんの僅かな手がかりでも良い答えて欲しい』そう祈りつつ今年も8月6日を迎えようとしている


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