―思いのまま気の向くまま―
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2005/12/31(土) 大晦日
愈々今年も後数時間カウントダウン入りの状態だ、『今年こそ何もしないで正月を迎えよう』と言っておきながら、妻は相変わらず朝からばたばたやっている、最もその間珈琲ブレークのお客とのトーク時間も』何度か入っているが・・・例年のように年越しそばを食べ今は一段落、今夜は『レコード大賞』『紅白歌合戦』をテレビで見るとて張り切っているが、何時まで見ることが出来るやら、何しろ朝四時起床の妻、五時前起床の私、それでも二人で頑張って除夜の鐘まで起きていようと約束・・・・はてさて
人並みに今年を振り返ってみると私個人にとっては実に素晴らしい一年だった、三月の親子での『三人展』『南区民文化センターの個展』宇品『さざなみギャラリー』での展そして『教室展』など、いずれも成功裏に終わった、お陰で夫々の展では沢山の新しい出会いを得た、そのほかホームページが縁で始まった出会い、『出会いは心の宝石』と考えている其の宝石が『心の宝石箱』に溢れるばかりになった、然し大丈夫私の『心の宝石箱』は私が生きとし生きる間、受け入れることができる大きな箱だら・・・
こうして今年も心躍るままに終わろうとしている、又夜が明けて新しい年が目の前に広がるが、一層楽しみな夢一杯の年を予感しながら、その大いなる希望の年を迎えたいと思う

2005/12/30(金) 変な大根
今年もカウントダウンの体制に入った、あと一日今年遣り残した事はないか・・・とは言ってもこれといって大事無い事、まだまだ人生終わる訳でも無し、急ぐ事はない今年遣り残した事は来年やれば良い・・・・今朝も玄関にしめ縄飾りを取り付けていたら、前の家のTさんも同じことをやりながらの会話、『もう正月が来ますね』『年を取ってから一年が早く感じられます』・・・
{年寄りよあわてる事はないけえ、これからの人生、生かされとる喜びを感じながら、ゆっくりやりましょうで}・・・
さて今日の画題変な形のもの判りますかな?実は裏のTさんが、窓の外からニューッと差し出した大根の先なのです、面白い形なので描いて見たのですが・・・・

2005/12/29(木) 珈琲と柿
二人きりの生活でしかも平素から妻が割りとこまめに掃除しているので、年末だからと言って特別に掃除することは無いと思っていたが、ところが肝心の私のアトリエはそうは行かなかった、棚にある父の遺品である木彫りの仏像が、『年末くらい綺麗にしろ』と言っているように見えた、今朝から思い切って雑巾を持った、そうこうしているうち妻が窓拭きを始めた、年に何度か大きな窓を外から拭く訳だが、何時もは妻の手の届く範囲でやっている窓拭きも、手の届かない場所は脚立を立て私が拭くことになっている、と言う事でとうとう朝の六時から二時間雑巾がけをした、
ところで、昨日新浜のIさんから送って戴いた珈琲をいれて飲んだ、実に柔らかく香りも良く美味しい珈琲だった、
戴いた珈琲はブレンドのセットで其の名も四国らしく『マドンナブレンド』『瀬戸内ブレンド』『石鎚ブレンド』ETCと名付けられている、癖もなく柔らかい味わいは我が家のコーヒータイムに来た客皆に好評だった『Iさん本当に有難う』
昨夜裏のTさんから柿を戴いた、木で自然に熟れた柿で美味いとの事、掌にのせるとズッシリ重みがあり、中から甘みが滲んで出るような感じがした、今朝はその自然の旬の味を描いてみた

2005/12/28(水) 花との出会い
気が早いようだが今は来年の教室の準備にかかっている、
一月最初の教室は『冬の花』を画題にしている、身近に花は少なく色々調べ『冬の花』を描いている、然しこうして考えてみると冬には冬の良い花が沢山ある、寒さの中だからこそ花の温かさが特別なものに感じられる、春夏秋冬花は何時も美しく私たちの心を癒してくれる、生前母はよく『花を好む人に悪人はなくみな優しい』と言っていた、事実私の周りにも花を愛する人は沢山あり皆優しい人ばかりである、
寒い冬の風に吹かれながら、冷たい雪が降り積もった中に色鮮やかに咲く花は本当に心を癒し温かくしそして勇気すら呉る・・・
などと尤もらしく言っている私は、昔は余り花には興味はなかった、然しこうして絵手紙を始めて花に眼を向けるようになり、其の美しさに触れる楽しみを知った、不思議なものだこれも一つの出会いで、有り難いことだと思っている

2005/12/27(火) Hさんの奥さん
今年も後僅か、随分いろんな事があった、天災人災で多くの尊い命が奪われ今尚其の悲しみが吹雪の中で続いている、本当に悲しい事だ、犠牲者の方々の冥福を祈りたいと思う、
昨日はH氏のことに触れたが今日はHさんの奥さんのことを書き込もうと思う、
と言うのは昨日Hさんの奥さんから手作りの犬の飾りを見せて貰った、全長五センチそこそこの古布で作った雄と雌の二匹の犬が並んでいた、来年の干支が戌と言う事で作ったものだそうだ、其の出来栄えの細かい作業に感心した、
実を言うと一昨年ご主人が亡くなられ、その後本人も倒れられたが幸いに後遺症もほとんどなく、其の僅かな後遺症も本人の努力で全く感じられないまで快復された、
私たち夫婦は何時も傍で見ていて感心するのは彼女の前向きなやる気の素晴らしさだ、たった一人での生活はもともすれば緩みがちの筈だが、然し彼女の生活は規則正しく、周りに対する気遣いもおろそかにする事無く、自分に厳しさを持って頑張る姿は私たち見習うべきだと思う、
其の彼女がこうして縫い上げた戌の飾りは素晴らしい出来で、今日はそれを借りて小さな色紙に書いてみた
ここで忘れてならないのは、彼女の二人の娘さんと其の家族の優しさだ、当然とは言え母親を思っての行為は特筆すべきものがあり常に感動させられている、
何れにせよHさんの奥さんは素晴らしく亡くなられたH氏は生前どんなにか幸せだったろうかと思う

2005/12/26(月) 年の瀬と大根
クリスマスも終わり後は新しい年を迎えるのみ、我が家はいたって平穏無事な年末を迎えている、息子のところに二人目の子供しかも女の子が生まれ、難渋した名前も決まりほっとしている、
・・・・本当に良い年末だ・・・・・
年とともに自分自身も周りも落ち着き穏やかになる、ただ幾つになってもそれなりの若さは持っていたいと思う、年を取ったからといって老け込む事はない、心身ともに何時までも若く居たい、
自分で言うのも変だが、私自身自分の年齢を思い出し『エッなんでワシが70なんや?』と不思議に思うことがある、然し同級生はじめ周りの同年代の人を見ると、矢張り無理は禁物用心しなければ、などと考えないでもない、
まあ、何れにせよ元気で新年を向かえ新しい年に新たな希望を持って生きたいと思う、
ところで今朝のコーヒータイムに裏のTさんの奥さんが参加されその折、『一本じゃ多いと思ったけえ、半分もって来てあげたよ』と大根を半分持ってこられた、其の半分の大根は見事に大きな大根でこれが一本丸ごとだと我が家では食べきれないと思った、描いてみたが大きく描き応えがあった、嬉しい事に四季折々の野菜など、我が家では買う事が少なくこうして色々な方から頂き物が多いい、こうして頂くく新鮮な野菜を食べるお陰で元気でいられる、本当に感謝なのだ・・・

2005/12/25(日) クリスマスケーキ
今日はクリスマスと言う事で、我が家も一応世間並みにケーキを買って来た、二人きりなので小さなケーキで充分、苺の載ったロールケーキにしたが一切れづつ皿にのせ珈琲をいれて、裏のTさんの奥さんに声を掛ける、三人でケーキと珈琲のパーティーである、其のあとKさんから大山の牧場のデザートなる美味しそうなケーキが届いた、Kさんの心遣いに感謝である、其の品は冷凍になっており解凍に少々時間がかかるようなのでお楽しみに取っておく、
何時ものことながらこうしてクリスマスだから贈り物をしてケーキを食べて、挙句はパーティーだと実に平和な事だと思う、病に苦しみ、又他国では飢えに苦しむ人達が、およそ平和とは縁遠い生活を強いられていると言うのに、何と幸せなことなのか、平和とはこんなに良いものなのか、などとふと思いながら、ケーキの美味さに舌鼓を打つ、何と身勝手な事だろう・・・と一応は反省をするのだが・・・・

2005/12/24(土) 愛すべき人H氏の事
息子から『名前が決まったよ』と電話が入ったのが昨夜のこと、
これで一安心『穂乃佳』ほのかと読むとの事日本女性らしい良い名をつけたと感心している、
朝から少々根を詰めたので、気分転換を兼ね午後から妻の買い物に付き合いスーパーに行った、自宅から少し離れた大型店である、さすが土曜日とクリスマスイブが重なりかなりの買い物客だ、店内はまさにクリスマス一色、パーティー用オードブルなるものがかなり売れているようだ、我が家ではこれといってパーティーとは無縁だが一応鳥足を二本買い込み、二人だけのクリスマス?をやることにした、
ところで例によって隣のHさんから蒲刈の蜜柑を戴いた、葉つきの大きな蜜柑である、早速今日の画題にした、形は決して良いとは言えないが美味しい蜜柑だとの事だ
以前にも言ったがこの時期になると、どうしても亡くなったH氏の事が想い出される、H氏は不思議な人で、ある時パソコンを始めたいとの事だった、ところが『まずパソコンの原理を理解してから使い方を習う』との事で色々聞かれても私に解りようもなく困った事がある、
結局何度かパソコン教室にいかれたが、『講師に原理を質問しても、解る講師がいない、どうしても原理が理解できないのでパソコンは止めた』との事・・・・実は流石の私もこれには参りあきれた事があった、本当に愛すべき人H氏である

2005/12/23(金) 懐かしい街
朝から小雪がちらついていたが午後は雨に変わった、冷たい一日だ、
入院中のMさんの見舞いに朝早めに家を出た、早めに出たのは、途中の街に古くからある喫茶店の『モーニング珈琲』が目的でもあった、以前から其方の方面に行く度其の店に立ち寄りしかもモーニングサービスの時間に合わせて出かける、其の店のモーニング珈琲を楽しむ事と、実を言うともう一つの隠れた目的もある、それは今から四十数年前私たちが結婚する前に妻が住んでいた街なので、其の想い出が沢山詰まっている場所なのだ、つまり其の喫茶店も街も私たち二人の青春の思い出の場所でもある、勿論妻が住んでいたアパートは今はビル変わっているが、随所に当時のものは残って居り懐かしく大切な街なのだ、
話が横道に逸れたが、病院に行けば色々な病に苦しむ人の余りに多いのに驚かされる、と同時に健康なわが身を振り返り其の幸せを再確認させられる、ベットに寝たきりの人、車椅子で行く人、点滴の薬をぶら下げながら力なく歩く人、さまざまである、唯幸いに私たちが見舞っているMさんは患部が内臓ではなく術後も順調で間もなく退院の様子、笑いながら話が出来た、同じ見舞いに行ってもこれなら気も軽く見舞うことが出来る、
病室で冗談話をしMさんと別れた後、デパートに立ち寄り何時もの野菜売り場に行き、画題になるものを探してみた、葉のついた橙を見つけた、正月の鏡餅の上に置く丁度良い品だった、ただ鏡餅には些か早い気もしたが、付いている葉と橙の色合いが良いので一個買い求めた、帰宅後早速描いて見た

2005/12/22(木) 名付け
今日は冬至、裏のTさんから『冬至じゃね、ナンキン食べんさいよ』と裏の窓越しに自分の畑で取れた南瓜を戴いた、今夜は当然メインディッシュは南瓜の煮物である、外見に似合わず結構旨い南瓜だった、
処で息子のところの赤ちゃん未だ名前が付いていないようだ、
『将来名前の事で娘が悩むようだったら可哀想なので迂闊な名前は付けられない』と言うのが遅れている原因らしい、特に女の子と言う気があるのか、其処のところは矢張り親なのか、かなり真剣に責任を感じながら夫婦で考えているようだ、だから爺婆は口を出さずにじっと待っている、
確かに名前をつけるのは難しい作業だ、名前の一文字が其の子の運命を左右するかもしれない、そんな事を考えると嫌が上にも慎重に考えたくもなる、時折『名前なんて符号みたいなものだから・・・』と言う人もある、『そんないい加減なことでは其の子に失礼なのでは?』と私は思う

2005/12/21(水) もうすぐクリスマス
Mさんのご主人の見舞いに行った帰り道、妻と二人久し振りに市内の繁華街を歩いた、町は『ジングルベル』クリスマス一色だ、
何時のころからかこうして年末になるとクリスマスで街が彩られるようになった、昔の話で申し訳ないが私の子供の頃は年末になると、まず恵比寿講(広島の中心部にある胡子神社の祭り)広島では『えべっさん』と言っているこの『えべっさん』を皮切りに商店の年末大売出しが始まる、子供の私達は正月のお年玉から始めた竹の筒の貯金箱を割って其のお金で好きなものを買ってもらっていた、そうして正月を待ったものだ、今では年中大売出しで、しかも年末にはクリスマス商戦で『えべっさん』は知らぬ間に終わっている状態だ、これも時代の流れか、私たち自身当たり前のようにクリスマスにはケーキを買ってサンタを演じ、にわかクリスチャンに甘んじている、まあそれで世の中幸せに楽しいのだから良しとするか・・・・
ポインセチアは11月から12月にかけ赤い葉が良く見られるようになるので何と無くクリスマスの花と思う様になったようだ、
どちらにせよこの赤い葉は華やかなクリスマスに相応しいと思う

2005/12/20(火) 雪だるま
今日の教室で今年の最後だった、考えてみれば教室も随分増えたものだ、と言うより生徒数も増えた訳だが、新しいステキな出会いがあった事になる、こうして一年を振り返ってみれば、あの教室のあの生徒さん、向こうの教室のあの人、色々な人に出会い本当に幸せを感じている、
ところでこれまで暖かく冬は何時来る?と思っていたら急に寒くなり思いもかけない積雪、昨日は方々で雪の中ではしゃぐ子供たちの姿があった、今日は解け始めた雪でぬかるみが出来ている、うっかり歩いていると屋根から雪の塊が落ちてくる、
とあるマンションの前に多分お父さんと子供が作ったと思われる雪だるまが座っているのを見つけた、其の雪だるまも今日の日差しに解け始め徐々に変形し始めていた、夕方の散歩の時見れば頭に乗せられたバケツの帽子も玩具のシャベルの右手も落ちてしまい、無残な姿で忘れられていた、ふと子供の頃雪の朝手を真っ赤にし兄と二人で作った雪だるまを思い出した、早くに死んだ兄との懐かしい想い出のひとつである、こんな昔の事を懐かしく思い出す私も矢張り年のせいなのだろうか、

2005/12/19(月) 今年の出来事
後わずかで今年も終わる、年内もう一箇所教室があるがそれも明日で終わる、考えてみればあっという間の一年だった、
今年は春の三人展を皮切りに南区民文化センター、さざなみギャラリー、そして教室展とかなり忙しく展を催した、お陰で随分新しい出会いがあり絵手紙仲間も増えた、矢張り何事も行動に移すことが肝心だと言う事を身をもって経験した、又どの展も沢山の方の来場戴き『絵手紙やってよかった』と感謝とともに幸せを感じた、この気持ちを来年に持ち越し頑張って行きたいと思う、
来年の三月紙屋町のウエストプラザでの個展を計画している、こうして来年も早々に個展を開くチャンスを与えて下さった方々に感謝しながら、新年を迎えることが出来る幸せをかみ締めている、
ところで私の妹の店で用いるコースターは私の手描きのコースターである、正月用のコースターと箸袋、今懸命に製作中である、と言っても目標枚数にあとわずかとなった、もうひと踏ん張り頑張って明日は仕上げたいと思う

2005/12/18(日) 雪とピラカンサス
今年二度目の積雪だ、全国的に雪が降り各地での雪による被害が報道されている、今朝も息子に電話で『雪が積もっていて(約20センチ近)買い物にいけない』と言ったところ『何言ってるんだよ、それくらいでそんな事言ってたら俺たち生活できゃしない』と笑われたと妻が言っていた、なるほど岩手県の方ではこんな雪何時もの事らしい、
とは言っても広島では大変なんだ、アトリエから積もった雪を見て寒さを感じ、降り続く雪を見て震え上がる、同じ日本に住みながら随分違うものだ、考えようでは私達は何と住み易い所で幸せだと感じた、
ところで庭のピラカンサスも雪を被り紅い実が真っ白な雪の下から覗き一層紅さを増して見える、今年は何故か小鳥が寄ってこない、毎年この時期になると小鳥が飛来し紅い実をついばむ、其の一生懸命な姿に我が家ではそっとしている、近所には網をかけて小鳥を寄せ付けないようにする家もあるが、我が家は食べ放題の大歓迎なのだ、なのに今年は小鳥の姿を見ない、妻と二人で待っているのだが・・・・

2005/12/17(土) 孫が増えました
今日昼前に息子から電話が入った、今月26日頃と聞いていた出産が早まり第二子が誕生したとの知らせだった、2960gの女の子との事、母子とも元気だそうで安心した、広島も今日は朝から雪がちらついているが、息子のいる岩手県の方は広島など問題にならない寒さだと思う大変だろうが頑張って欲しいと願う、
ところで今日画題にしたのは、私の愛用の帽子だがこれは何代目かになるわけで、先代の帽子はグレーだったが余りにも良く使い洗濯回数も多かった為、今はよれよれ状態になり朝のウォーキングのとき被ることにしている、今の帽子は真っ黒でかっちりしている、何時も帽子を被りつけると、どこに行くにも帽子が必需品となっている、だから私は出来るだけラフな帽子の被れるスタイルで出かけることにしている、其のせいでスーツやコートを着ることはほとんどない、今では帽子姿がトレードマークにもなっている、先日もある教室で一人の生徒さんが『先生一回でええけえ、帽子を脱いでもらえん?』と言うので帽子を取ると『あらっ先生の頭、まともなんじゃね』とのたまい笑いこけていた、そこで私は『頭の外見はまともでも、中身が如何かのう、帽子で押さえとかんと、中身がこれ以上抜けちゃいけんけえ』と言ってやった、またまた教室中笑いだ、・・・・私の教室はこんな状態である

2005/12/16(金) 椿の花
今隣のHさんの庭先には山茶花が一杯に咲いている、又裏に廻れば椿が咲き始めている、冷たい中で紅い花は落ち込みそうな気分を元気付けてくれる、山茶花の優しさに比べ椿は硬く意志の強さを主張しているように見える、寒風の中又白い雪化粧の中に見える紅い花は、元気を出させる、ただ椿の花は散るときには花の根元からそっくり落ちる、ポトッと音まで聞こえるようだ人によっては其の姿がいさぎようという人もあるが、紅く咲き誇っていても時が来ればポロッと落ちて行く、まるで定めのように前触れもなくポトリ、それまでは力いっぱい咲き瞬間に散っていく『だから哀れに見えて余り好きな花ではない』と何時も妻と話している。

2005/12/15(木) 冬至
明日から又寒気が入り雪になるかもの予報だ、冬だからやむを得ぬが、昨年に比べ今年は寒さが急に来たので驚いている、
一年ごとに暑さ寒さが身に応える年になり毎年同じことを言っている『今年は特に寒いんじゃないか?』
間もなく冬至、冬至には南瓜を食べる事になっているが、そもそも冬至に南瓜を食べ始めたのは、この時期野菜が少なく、それを補う為保存が利きしかも栄養価を損なわない南瓜が食べられて来た、昔の人は本当に賢いと思う南瓜にはカロチンが含まれそれが体内でビタミンAに変わり、感染症に対する抵抗力がつくとのこと、『冬至に南瓜を食べると風邪を引かない』と言われる由縁である(PCからの受け売り)
この冬至が過ぎるとクリスマス、両親にとっても爺婆にとっても色々頭の痛い時期、と入っても我が家は早々と岩手に送り、サンタの出番を待つのみにしている、最近はとかくサンタの夢も壊され勝ちだが出来るだけ子供たちには夢を持たせてやりたいもの、
その次は愈々大晦日新年と続く、
はてさて来る年はどんな年やら・・・・・・

2005/12/14(水) 聖護院大根
本当に寒くなったものだ
隣のHさんが昨日瀬戸内海の島『蒲刈』に行かれた、以前も言ったように『蒲刈』はHさんの故郷である、穏やかな瀬戸内海に浮かぶ島はそれは美しい島で柑橘類、特に蜜柑の産地である、だからこの時期Hさんが蒲刈に行かれたら、必ずお土産に蜜柑を戴く、今回も蜜柑とHさんの弟さんが作られた『聖護院大根』を戴いた、形こそ良くないがズッシリとして美味そうだ、煮物にしたら柔らかくて美味いはず、
醤油の薄味で煮込むと柔らかく口の中でとろける感触と香り味ともまさに旬を感じさせる逸品」である

2005/12/13(火) 好きになれない花
リビングのテーブルの上に見かけぬ花を見た、聞けば先日Mさんに貰った花束の中にあったとのこと、この形で真っ赤な花は良く見かけるが、この様にピンクでしかもそれこそ作った様な色と形のものは初めてだった、何故か変な言い方だが卑猥なものを感じる、念のため花言葉は『煩悩』とある、なるほどと頷けるから可笑しい、元々色は赤が主流で白、緑、桃色、橙色、などさまざまだそうだ、因みに原産地は中央アメリカ、西インド諸島とのこと、
いずれにしても随分変わった花である、いけばなやフラワーアレジメントに用いられる様だ、以前からあったものだろう、そう言えば時折見ることもあった、まるで造花のようにはっきりした色合いだ、因みにピンクの部分は花ではなく、仏炎苞(ぶつえんぽう)と言うもので花は中央の突起の部分だとの事、
どうも私は好きに慣れない花である

2005/12/12(月) 寒さの冬はうどんに限る
今朝ウォーキングの途中で白いものがちらつき始めた、随分冷たい朝で山のほうは如何にも雪が降っている様に霞んでいた、
新浜のIさんから『この冬一番の寒さでは?』とメールが届いていた、それでも午前中はアトリエに入り込む日差しが、暖かいと思っていたが、如何して戸外は寒かったようだ、昼前買い物に出かけた妻は
『寒いッ』と帰ってきた、と言う事で今日の昼食は「熱いうどん」になった、熱々のうどんに、最近凝って取り寄せた『信州善光寺・八幡屋磯五郎の七味唐辛子』をたっぷりかけ温まった、
午後はMさん夫妻が娘さんと見えた、岡山旅行以来である、あのときのスナップ写真を渡し、他愛もない世間話をした、気の置けない仲間と言う感じで、遠慮もないトークが弾んだ、その際土産として『珈琲』を戴いた、我が家ほど珈琲を飲む家は少ないと思う、
そこまでマニアではないが矢張り珈琲は、お気に入りのカップで旨い珈琲をたっぷりと、
気の置けない人と笑いながら飲むのが一番良いと思う、
『貰うた珈琲、今度来てまで取っとくケー早めに来てね』別れ際妻がMさんの奥さんに言っていた

2005/12/11(日) 炬燵と蜜柑
12月も半ばになると流石に寒い日が続く、我が家も来客の際は炬燵にする、我が家の炬燵は、リビングのコーナーを一部畳のスペースにし掘りごたつを設けている、そもそもの目的は麻雀をする為だと言う事は、先日もこのページで述べたとおりだ、何故か炬燵の上にはどこの家にも大概蜜柑が置いてある、炬燵に入ればのどが渇くからだろうか、炬燵と言えばかごに入った蜜柑と相場は決まっているようだ、最も私自身は余り関係ない代物だが・・・・
蜜柑と言えば隣家のHさん、ご主人が生前は奥さんの里である瀬戸内海の島蜜柑の産地蒲刈に、この時期になると車を走らせ、大量に蜜柑を採って持ち帰り何時も戴いていた、蜜柑を見ればほんの昨日のように思い出される

2005/12/10(土) カワハギと河豚
あっという間に師走となった、特別何をする訳でもないが慌ただしい気分で過ごしている、今日は来月の教室での画題『カレンダー』の見本を描いた、色々と考えながら十数点書き上げる、結構楽しいものだ、其の中の一枚をここで取り上げてみる、
絵は私たちが通称『はげ』と呼んでいる魚で正式には『ウマヅラカワハギ』と言う、この魚ご承知のように刺身、焼き魚、煮魚どの様にしても美味い魚である、白身で骨離れが良く淡白な味なので私は好きである、良く瀬戸内の倉橋島沖の方に出て、小さな海老を餌に釣ったものだ、大漁の時は四人で大きな樽に2杯は釣っていた、割合に足が速いため船の上でしめて血を抜いておかないと臭う恐れがあった、
こうして釣って帰った『ハゲ』は、夫々の煮たり焼いたり調理をするが一番良いのは、何と言っても刺身だ、しかも薄造りし大きな皿に広げて盛り付け真ん中にボイルした肝を盛り付けるとまるで『河豚刺し』だ、
素人目には『河豚刺し』と言っても判らないほどである、
透き通って皿の絵柄が見える刺身を掬い取り、肝を溶いたポン酢につけて食べると、すごくリッチな気分になれる、
ところで以上の話で思い出したが、最近のニュースで余りにも大きな誤魔化しが露見して、日本経済を揺るがしかねない問題になっているが、関係者はお互い責任をなすりあい醜い争いとなっっている、誤魔化すと言う事は必ず露見する事でもあり、そんな行為そのものが自分自身を否定する事でもある、唯欲に駆られそのような事を平然とやる、情けない事だと思う、来年はどの様な年になるやら、例え貧乏しても誤魔化しのない人生を送りたいものだ

2005/12/09(金) ペットブーム
先日娘の家に新しい家族が増えたと犬の子を連れてきた、何でも『ロングコートチワワ』と言う種類だそうだ、名前は『チビ』女の子だと言う、しかも未だ生まれて1ヶ月、本当に小さなものだ、こんな小さな子犬を育てるなんて大変だと思う、最近は随分なペットブームでたかが犬だと思ってもとんでもない、我々庶民では及ばないほどの生活をしているペットがいる、少々頭を傾げたくなるようなペットブームの様をテレビで見ることがある、
まさか娘のところがそのような育て方をする訳でもないが、兎に角ペットと言えども、一旦飼うとすれば家族なのだからきっちり躾をし、元気に育てて欲しいと思う、
近所のMさんのところに犬の『パピヨン』で名をタローと言う男の子がいる、可愛い目をして見るたびに癒される、兎に角可愛いし我が家にも欲しいと思うが、唯昔飼っていた犬との別れが余りにも悲しく、二度と同じ思いをしたくないと言う事で、以来我が家では飼わない事にしている
犬と言えば来年は戌年、教室でも先月年賀状で犬を沢山描いた、今年は随分色々なことがあった来年の戌年・・・さてどんな年になるやら
今日描いた絵手紙は『チビ』とは関係ない種類だと思う、手近にあった陶器の飾り物を描いたものだ

2005/12/08(木) 四季の花
古来人間にとって花は心の癒しと成っている、其の季節毎に美しく咲きやさしく香る、悲しさを癒され嬉しさを表現し、感謝の気持ちや恋心を花に託す、
物言わぬ花は見事に人の心に応え伝えてくれる
昨日も書き込んだように花には其の心を表す花言葉がある、因みに菊の花言葉は『高潔』と出ていた、
実を言うと私自身絵手紙を始める前は花とは縁遠い人だった、然しこうして絵手紙を始めてから、花とは深く付き合うようになり
色々興味を持つようになった、良く妻に言われている『花のはの字もなかった人が、良くここまで・・・・・』と不思議がっている、
いずれにしても四季折々の花は優しい花を見ていると、自然の造形の神はなんと言う素晴らしい芸術家なんだろうと感心する

2005/12/07(水) ダリア
本格的冬を感じる毎日である、そんな中我が家のテーブルには菊とダリアの花が大きな花瓶に活けられている、此花は過日教室のOさんから戴いたものだ、大体切花にしたダリアは余り日持ちはよくないと思っていた、然しこのたびは既に2週間は元気でいるわけだ、唯我が家では特に花好きな妻が毎朝の水の取替えから、冷暖房器の風に当たらないよう常に気を配っている、私がうっかりして冷暖房の風を当てようものなら大変である、
ところでダリアについてPCで調べてみた、
そもそも其の原産地はメキシコである、メキシコの国花に指定されている、18世紀に植物学者「ダール」と言う人がスペインに渡ってきた種子から花を開かせた、その後改良され3万品種も作られ、日本には1842年オランダから渡来した、
花言葉は『移り気』『エレガント』『華麗』などがある
何時も思うことだが、この『花言葉』葉どこで誰が言い出したことやら、花と其の花についた花言葉でうなるほどと頷けるものもあるが時(折如何してこんな花言葉が)と理解に苦しむ事もある、いつかこの起源については調べてみたいと思う

2005/12/06(火) 今の世の中・・・・
昨日から今日にかけて広島にしては猛烈な寒さだ、
『今夜は寒いから鍋にしよう』なんていっているけど世の中にはそれどころではない人達が沢山いる、最近のニュースは何と言う嫌なニュースが多い事か、小学一年生の女の子が続いて殺されたと言う悲しい残虐な事、又建築のごまかしで人命を危険にさらして平然と責任の擦り合いをする者達、今すぐにでも自分の身に降りかかってきそうな事件が次々と起きている、どの事件を見ても悲しいかな人名軽視もはなはだしい、子供の頃から痛みを知らないまま育った者は、他人の痛みが判ろう筈もない、何故この様な事になったのか我々大人が大いに反省すべきかもしれない
そのような教育・子育てをした結果の報いだろうと思う、完全に大人になりきれないままマスメディアなどの情報過多の影響で、偏った無責任な若者たちが育っている、所謂ニートなどともっともらしい横文字で呼ばれる者が市民権を持つ世の中だ、こんな世の中誰の責任だろうか、何とか軌道修正することはできないものだろうか、
色々考えながらも実は心の中では人ごとに思っている自分に気が付き恥ずかしいと思う・・・が・マ・取り敢えず今夜も我が家は妻と私の健康と平穏無事に感謝しながら、ひとまず鍋で暖まる事にしよう。

2005/12/05(月) 寒い冬に嬉しい知らせ
今朝四時過ぎ窓の外が明るいのでそっと覗いてみて驚いた、外は真っ白な雪景色、何と屋根も畑も道も雪なのだ、初雪がこんなに積もるなんて珍しい事、唯この雪も昼ごろにはほとんど解けていたが、雪になれないため急な積雪でかなり交通に支障をきたしたようだ、其の事を岩手の息子に電話すると『そんな雪で驚くなんて』と笑われた無理もない、あちらでは問題にならない積雪量のようだから・・・・
息子と言えば、息子の住む町で催された木工品のコンテストで
(岩手県内から40人の応募者)大賞を受賞したとのことだ、
こだわりを持って頑張ってきた彼に漸く日の目が見えてきたようだ、わが子ながら『良くやった』と褒めてやりたい、ただこれをステップにして大きく前に踏み出して欲しいと思う。
今日の画題は朝のウオーキングで見る、桜の木の葉が赤く色変わりをし段々とその赤も透き通るような美しい色になり、やがて風に吹かれ散っていく様子を毎朝見ながら、枝の先に最後まで残った一枚の葉に『頑張れ』と声を掛けたくなる、桜は春には花の美しさを秋には葉の鮮やかさを見せて楽しませて呉れる、

2005/12/04(日) 暖房
今日と明日雪になるかもという予報で、とうとう冬になったということでハロゲンヒーターを出した、
長時間のエアコンが苦手な我が家は来客のあるとき以外は、夏も冬もエアコンのスイッチを入れることはない、冬はハロゲンヒーターで済ませる、だから我が家は二人とも風邪はほとんど引く事がない、これは私の父もそうだった、
暖房と言えばリビングのコーナーに掘り炬燵を作っている、これからは夜はこれに入りテレビを見るか、妻と二人での麻雀に興じる、
夜は私自身の趣味からはなれ、出来る限り妻との共通の時間を過ごすようにしている、その結果始めたのが『二人麻雀』である
ルールは三人打ちをそのままに毎夜のように9時ごろまで、勝った負けたとやっている結構面白いものだ、
友人たちは『女房と二人でようやるのう』と言うけど逆に私は『何でだろう色々話をしながら一番遠慮なく楽しめる相手じゃないか』と不思議に思う、こんな私は可笑しいだろうか・・・・・
因みにこの掘り炬燵を作ったのは麻雀用部屋にするのが目的だった

2005/12/03(土) 松葉蟹
12月!!流石に冬らしく寒い一日だった、
宅配便で荷物が届いた、発泡スチロールのケースだ、送り主は出雲に住む妹の家から、明けてみると大きな松葉蟹が氷詰めで入っていた、このまま刺身にして食べられそうな活きの良い蟹だ、実を言うと私は蟹は好きだが面倒がり屋の為、身をホジクッテ食べるのが駄目なのだ、だがこの大きな活きの良い松葉蟹を見ると、そうも言って居られない気がした、かといって妻と二人で食べるには大きすぎるので、結局娘たちと一緒にということにした、
『茹でる前に描いたら』妻の声に早速アトリエに持ち込む、
葉書一枚に描くには物足りないので、画仙紙を切り大きく描く事にした、これだけ大きいと描くのに勢いがつく、楽しい、今にも動き出しそうな蟹に『動くなよ、じっとしとれよ』思わず声を掛けながら筆を進める、
昨日は日本海の『赤貝』今日は『松葉蟹』そして朝一番にメールを送ったのが出雲の四川料理翠苑の店長さん、
自棄に出雲地方に縁のある日だと思い、変に感心した一日だった

2005/12/02(金) 赤貝
近所のNさんのご主人が時折山陰に出張の際、土産として『赤貝』を戴く、この赤貝甘辛く煮て食べると非常に美味しい、白い貝殻が丸く膨らんだようで、表面が細い溝が何本も入っていて一部分黒く汚れたようになっている、其の汚れを洗い落とし甘辛く炊き一粒ずつ食べる訳だがご飯に良く合い美味いものだ、最も酒の肴に良いかもしれないが、あいにく飲めない私は飯と赤貝の甘辛煮に徹している
調べてみると赤貝には『グルタチオン』と『ビタミンB12』が含まれ、ストレス、老化、癌予防に効くとそうだが、今のところ
私には必要ないようだ、とは言えそのうち必要になるのは目に見えている事だ
とはいえこの赤貝たまに食べたんじゃ効果はないと思うが・・・兎に角美味いのだ。

2005/12/01(木) 倉敷美観地区
昨年末倉敷を訪れた時は、『美観地区』に流れる川は柳の木が川面にゆれ寒そうに白鳥が浮かんでいた、先日訪れた時は川岸は燃える様な紅葉、白と紫の萩の花、柳の緑など自然の織り成す色彩は見事な錦織となり川面に影を落とし、心なしか二羽の白鳥は其の優雅な姿を見せびらかすように、悠々と水面に映る錦織をかき分けていた、
カメラマンのグループが一斉にシャッターを切る、私も其の中に混ざりデジカメのシャッターボタンを押す、(この写真は別途、‘小さな旅’のページに掲載)その他多くの観光客は其の風景にため息交じりの歓声を上げていた、
この倉敷の『美観地区』は私の好きな景観でお勧めの場所でもある。


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