―思いのまま気の向くまま―
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2005/04/30(土) 生かされた命
○○歳の誕生日を迎えた妻は朝から大変である、Mさんからお祝いの品を受け取りまず感涙、娘と孫が来てまた涙、そしてとどめは
岩手県と電話のやり取りで息子の言葉に涙し孫の「タンジョウビ、おめでとう」の元気な声でまたまた涙、よくよく涙があるものだと感心する、

然し幾つになっても誕生日は格別の思いがするものだ、この世に生を受け生かされ続けてきた自分の歴史を思うと、妻でなくても私だって涙があふれる、

「命をくれてありがとう」その昔二十歳になった息子が花束と一緒に届けたメッセージはいまだに私たち夫婦の心に鮮明に残っている、生かされた命に感謝する心は息子にも伝わり、息子もまたわが子に命の尊さとともに心を伝えることだろう、

ところで昨日裏のTさんがアイリスが咲いたと、窓越しに、届けてくださった、紫の鮮やかな花である、我が家の一八とよく似ていて並べてみるとうなずける物がある、どことなしに違っている、

2005/04/29(金) 紫蘭
今日も夏日だった、今年は良く春を惜しむなどと言う風情のある季節ではなかった、あっという間に春を通り越して夏に入ってしまった

庭の花たちも戸惑いながら夫々に花開いている、今朝は紫蘭が艶やかに開いていた、紫の小さな花だが庭の緑の中に小さいなりに
上品で艶やかな色は、なぜか心ひきつける物がある、

ところで列車脱線事故の犠牲者が106人になったとか悲しいことだ、今日からGWかなりの人たちが動き海外にまで脚を伸ばす人もいる、浮かれた気持ちに事故が伴わなければ良いがと心配するのも、年寄りの要らぬおせっかいだろうか

2005/04/28(木) Hさんに貰ったツツジ
隣のHさん宅の庭は今花盛りである、今日はツツジの花が届いた、
淡い紅色のそれは優しくそれでいて見事な花である、Hさんの家の庭に咲く花は大方の花が優しい色合いの物が多い、これも山野草を始め花好きな優しいHさんの奥さんの心現れかもしれない、

このHさんの宅のご主人が亡くなられて一年過ぎた、その上奥さん自身体調を崩され、二人の娘さんがその身を案じ実に良くておられる、見ていても羨ましいくらいの親孝行振りだ、同じ市内に住んでおられる娘さんは、車で動き回り遠くに住んでおられる娘さんは泊り込みで、Hさんのために台所風呂場とHさんの体に合わせ、動き易いように改造の手配をてきぱきとやる姿は感心している

ところで今日は広島市内で気温が27,8度とか正しく夏日である明日も今日と同じ気温のようだ、地球温暖化に関係あっての気温なのだろうか、とにかく最近はおかしい、天変地変何か大きなことがまた身近に起きなければ良いが

2005/04/27(水) 鈴蘭が咲いた
少し動くと汗ばむような陽気、初夏である
庭には数は少ないが色々な花が咲き始めている、
イチハツ・シランも咲き始め今日はスズランが葉の茂り始めた紫陽花の根元辺りに点々と白い花を開き始めた、この鈴蘭の花は小さくても何処となく存在感があり私の好きな花の一つである、

なぜか鈴蘭といえば北海道を想いだす、それはよく原爆病院にどこかの航空会社から鈴蘭を北海道から届けるという報道を何度か見たことがあり、そのことから鈴蘭は北海道のイメージがあるのかもしれない

どちらにせよ我が家の庭にこの時期になると小さく愛らしい白い花が咲き心を和ませてくれる、

この花を見るとやがて暑い夏が来ることを予感する、その夏の前に鬱陶しい梅雨がやってくる、ただ梅雨は梅雨で紫陽花の花に会える楽しみもある、今年はどの様な色で楽しませてくれるだろうか・・・・・

2005/04/26(火) JR事故
大変な事故が起きたものだ、JRの脱線事故・・・・
恐ろしいことだ原因がはっきりしないので何とも言えないだろうが、犠牲になった方怪我をされた方にお見舞いと冥福を祈らずに入られないが、怖いことだ、今まで外国での列車事故のニュースを聞いてもどこかよそ事のように思っていた、それが国内での大きな事故、とんでもないことだまったく他人事ではなくなった、
身近な問題である、一日も早い原因究明と二度と繰り返さないよう対策を講じてほしいものだ

2005/04/25(月) 命の力
ブロック塀の隙間からたくましく伸びた草花があった
妻の話では「ツタバウンナン」といって鉢植えにしていたものだそうだが何かの拍子にその種がブロック塀の隙間に入り芽を出したものらしい、草花の生命力には感心する、

生あるものはたとえ草花であろうと何であろうと、その力は想像のつかないものがある、しかしその中で人間の命の儚さを感じるのは命永久であれと願う気持ちがあるから余計に感じるのかもしれない、

昨日は私が兄とも思っていたH氏の一周忌だった、H氏は七十歳半ばにして永久の眠りにつかれた、まだまだ遣り残した数々の思いを持ちながら・・・かといって私にはその心を汲み取ることすらできずただ冥福を祈るのみ、

2005/04/22(金) 花のまわりみち
夕方から広島の造幣局で毎年催される『花のまわりみち』に妻と行って見た、みごとな八重桜で大阪の造幣局から昭和42年から順次移植し60品種248本が咲きそろっている、毎年観て来たが今年は格別綺麗に思えた

花は何時観ても良い、特に八重桜は観賞用として改良されたものだけに一本一本名前を付けられその見事さを競っているようだ、

花といえば我が家の貧弱な庭にも次々と季節の花が咲いている、
今朝見るとフリージアがそっと花開いていた、特別に手入れし育てた花ではないが、こうして季節が来れば一生懸命に花を咲かせる、可愛いものだ自然に誘われるまま時季がくれば花開く、これも良いんじゃなかろうか

2005/04/21(木)
今夜の息子のHP『工房空』の山あい日記を開いてみると、子牛の出産が上手く行かなかった様子が書かれていた、その場面に孫も居合わせたようだ、子牛も折角生まれ出るために頑張り、親牛もそれなりの愛情でお腹の中で育てたに違いないが、生き抜く力の無かった運命だったのだろう、ただ孫もその場に居合わせたようで、どの様な気持ちで見ていただろうか、それにしても三歳の孫が命の現場に居合わせ、凄く大きな経験をしていると思う、今から育ち行く人生でこうした経験が、必ず役立つときが来ると思う、

昨日同級生のT君の訃報を聞いた、以前から体調があまり良くない様に聞いてはいたが、余りにも突然の訃報だった

私達の年齢になるとこのような知らせを受けることは段々と多くなる事だろう、だから会うたび『体の調子は?元気で頑張ろうぜ』が合言葉のようになっている寂しい事だ、

ただ、こうして生有る現在生かされた命を大切にし、楽しく生きたいものだ

花も季節になれば花を咲かせる、人間だって生きている限り常に花のように美しく他人が見ても華やかに楽しく居き続けたいものだ

2005/04/20(水) 如何しようもない爺馬鹿?
以前から時折岩手の孫にTシャツなど送る際、袖の部分や背中に
絵を描いたり名前を書いたりしていた、ところが先日何も描かないで送ったところ、孫が名前が書いてないと不満だったらしい、
ならばすぐに送り返せば書いて送るからといってやり、届いたものに孫の好きな車の絵と名前を今日描き込んだ、『爺馬鹿じゃのう』と妻と笑いながら其れでも嬉しいのだから我なが(如何しようも無い爺馬鹿)を認めざるを得ない、

孫と言う者は何故このように可愛い者だろうか、考えたって仕方ない『可愛いものは可愛いのだから』

ただこの可愛さが何時まで続くものやら、すぐに相手にされなくなるかもしれない、いやそんな事は無いはず、近くにいる二人の孫娘は大きくなっても未だに『爺ちゃん、婆ちゃん』と慕ってくれている、然しこの孫娘も、やがて恋をし嫁いでいくかもしれない・・・こんな事を妻と二人話しては胸にこみ上げるものを感じている。

2005/04/19(火)
初夏を思わせる好天気も、どうやら今晩辺りから崩れると言う予報、明日は教室だが若し降れば降ったとき考える事にしよう

先日墓参の帰り道ウォーキングを兼ねて山から坂道を歩き下って帰った

途中小さな竹やぶの傍を通ってみると、予想通り頭をのぞかせている・・・『筍』である
今年もかなりの数の筍が地面を割るようにして頭をのぞかせている、
『筍の季節が来たね』『早いもんだね、見るたび大きくなる筍に驚いてもう一年経つんだね』
何も無い平らな地面から頭を出したもの石垣になった場所で石の間から出ているもの、
『筍の世界にも生まれ乍の格差があるんだね』私の言葉に妻も『本当に、可哀そう』
その言葉が余りにも真剣なので思わず笑ってしまった、又途中で見る『雪柳』や『藪椿』『ヤマブキ』カラフルな花達を愛でながらの毎朝のウォーキングは私達の一日の始まりである

付記
頭をのぞかせた筍を見た後店先で見事な『筍』を見つけ描くために買ってきた

2005/04/18(月) 錨草
何時も思うのだが、花の名前は誰が付けるのだろう、その由来が何処から来たものか想像もつかないもの、見てすぐに成る程とうなづけるもの色々面白い、
今日は『錨草』と呼ばれるものを二種類描いて見た、勿論隣のMさん宅の庭のものだが、『源平錨草』と『黄花錨草』と教えられた、調べてみると紫色と白のほうが『錨草』と出ていた、
また『黄花錨草』は黄色のほうだが形が参考資料によると『錨草』に形は酷似して色が黄色になっている、今日描いたそれは少し形が違うようにも思える、

ただ呼び名は色々あるので一概には言えないと思う、紅白で錨に似ているところから『源平錨草』と呼ばれ黄色だから『木花錨草』と呼ばれる、それはそれなりでいいと思う、花に心を癒され
幸せな気分になれるそれで良いとおもう

2005/04/17(日) ハナイカダと云う山野草
今朝から初夏を思わせるような陽気、空には雲一つ無い晴天
Mさん夫妻に誘われ奥さんのご両親と私達夫婦総勢六人で『因島フラワーセンター』に向かってドライブ、
絶好の行楽日和で高速道の山陽自動車道を走り「しまなみ街道」に入り目的地に到着、途中の休憩を挟み約一時間半のドライブだった、静かな瀬戸内海を眼下に見て花の香りに包まれたフラワーセンターでの時間、美味い空気を一杯吸い込み幸せを一杯に感じた一日だった、

さて昨日書き込んだように隣のHさんの家には今は山野草が次々と花開き春爛漫である、山野草はどの花も地味で優しくほっとさせられる花達である、こうした花をこよなく愛していられるHさんの奥さんは、実に物静かな楚々とした大和撫子である、その奥さんも昨年ご主人を亡くされ、本人も今年になり倒れられ体調を崩されたが、幸いにも最近は快くなられ日に日に健康を取り戻されている、こんな奥さんが私の為に庭に咲く山野草を次々と摘み、『描いてみたら』と持ってきてくださる
今日書き込んだ絵手紙はこうして頂いた花の一つで私は初めて見た珍しい花である、『ハナイカダ』と言って葉の一枚一枚真ん中辺りに小さな粒のような花を付け、やがて黒い実がなるとの事、
その形が筏に人が乗っているように見える所から名づけられたようだ、又別名『ヨメノナミダ』とも云われているようだ。

MさんにしてもHさんにしても本当に優しい人たちで、心通わせ家族ぐるみでお付き合い出来、私達二人の生活にどれほど潤いを頂いている事やら、嬉しい事だと感謝している。

2005/04/16(土) シャガと言う花
去年の今頃教室のOさんから頂いた花の中に、
たまたま根の付いた花があった、『シャガ』である妻は其れを鉢植えにした、その『シャガ』が見事妻の期待に答え今年も花を付けた、優しく上品な花である、此花は竹薮の縁等に群生する事もあり「アヤメ科」で別名『胡蝶花』とも呼ばれるとのこと、

不思議なもので昔は花など特別に気にもしなかったが、こうして絵手紙を遣っていると自然に花とも友達になってきた、よく妻に
『変われば変わるもの』と不思議がられている

又有り難い事で色々の人から『描いてみては』と珍しい花、野菜、魚など頂く事が多い、だからこうして毎日『雑記帳』に書き込む画題にも事欠かないわけだ

珍しい花といえば隣のHさんから今日も珍しい山野草を頂いた、
勿論画題として明日はその花の話をしよう、

2005/04/15(金) 太宰府天満宮
13日と14日二日間妻の方の兄弟会を久し振りに九州で開くというので参加してきた、福岡は今までに何度も行った事はあるが
何故か太宰府天満宮に行く機会が無かった、この度初めて大宰府に行った、由緒ある数々のものを見学したが素晴らしく大きな楠木、沢山の梅ノ木、飛び梅と名づけられた不思議な謂れのある梅ノ木など色々説明を聞いたが、『鷽(うそ)の鳥』も面白く、
木彫りの『木うそ』と呼ばれる民芸玩具に興味を持たされた

『鷽(うそ)』は頸から頬にかけ美しい虹色、背や腹はねずみ色頭と尾が黒い小鳥できれいな鳴き声の小鳥との事、『木うそ』はこの鳥が木に止まっている形を表したもの、太宰府天満宮の『うそがえ』という神事に煮用いられ幸運の守り神とされていて、各地の天満宮でもこの『木うそ』は作られているようだ、

この『うそがえ』というのは古来一年中の嘘を神前に誠にかえて
罪をほろぼす為であると言われている
地方地方に色々な逸話があるが、こうした話を聞くのも旅の楽しみの一つでもある

2005/04/12(火) 小さな花達の春
雨模様の窓の外春というのに肌寒さを感じる変な天気だった
我が家の庭の隅に、愛らしい小さな白い花が咲いていた、鈴蘭に似たその花は『鈴蘭水仙』だとの事、白い小さな花が風にかすかに揺れている、まるで暖かい春のつもりで咲いたのに冷たい風に吹かれ、戸惑いながら震えているようだった、

こうして我が家の庭には小さな花達が、春を喜び咲き揃い時ならぬ冷たさに戸惑ういがらも、『おーい春だよー』と私に呼びかけてくれているようだ、

こんな小さな花たちの誘いを受け私も春を満喫しよう、少しくらいの悩みや悲しみもこの際忘れ『春だーっ』楽しむ事にする

2005/04/11(月) トマト
昨夜からの天気が尾を引いてか、今日は一日曇り空すっきりしない一日だった

昨日友人からの連絡で同級生のT君のご母堂が亡くなられたとの連絡があった、以前から話しは聞いていたが何でも百二歳になられたのではなかろうか、私の父が長寿と思っていたがまだまだ若い方かもしれない、正しく長寿を全うされたものだ、

又一方では姫路のAさんのご主人が怪我の為入院されたとの事、心配な事である、一日も早い全快を祈る

昨日土師ダムに行った帰り道『産直市』というのを見つけ寄ってみた、色々な野菜が並べられその中で目に付いたのが、今日絵手紙の画題にした『トマト』である、大きくて歪な形をしている、見ると箱の中のものが皆同じ様な形をしていた、ただ何と無く一つ一つが個性を主張しているようで面白く、一つ選んで買ってみた、今朝早速描いて見た、描きながら「案外形の歪なのが上手いかも」とも思ったりした

2005/04/10(日) ぽっかりおじさんのうた
今日は最高の花見日和、Mさんに誘ってもらい土師ダムに行った、
ダムの周辺満開の花盛りである午後から雨と予報が出ていたが夕方まで天候に恵まれ、咲き乱れた美しい桜を満喫した、

所で先日ふとしたことで昔創った絵本を引っ張り出しコピーした事を思い出した、絵本と言っても簡単な漫画絵を描き、それに子供向けの詩を付けたものだ、その絵本を「ぬりえ」にし小さな子供さんに差し上げてきた、

『ぽっかりおじさんのうた』と名を付けて三十数枚の「ぬりえ」である、これは今から約二十五年前近所の子供を対象に創ったものだが、今になって考えてみればこれが私の絵手紙の原点かもしれない、絵と文で気持ちを伝えるという事は今の絵手紙に通じるものは有る、だからつまらない絵と文では有るが一生大切にしたいと思う

ちなみに『ぽっかり小父さん』とは当時の私は未だ現役バリバリの、所謂企業戦士を気取っており、休日になるとフト頭の中を空っぽにしたいという気持ちに駆られていた、そんな折りに創った詩で心を時にはぽっかりと空っぽにしたいという事から付けたものだ、

2005/04/09(土) 曲がった胡瓜
八百屋さんの店頭に袋詰めの胡瓜が出ていた、いぼいぼの沢山出ていてしかも皆曲がった胡瓜である、何か懐かしいものにあったような気がした

最近の胡瓜はやたら器量が良く真っ直ぐだ、食べるとあの胡瓜独特の香りが薄いように思う、・・・がこの曲がっていぼいぼのある胡瓜は『キュウリ』の香りがする

人参だってそうだ、綺麗な形と色だが人参本来の匂いが無い、聞く所によると、子供が匂いを嫌って野菜を食べないから匂いのしない物を作っているとか如何とか・・・冗談じゃない、
胡瓜は胡瓜の匂い、人参は人参の匂い、其れが有るから良いのだと思う、・・・これも年寄りの考えというものだろうか

2005/04/08(金) タロー頑張れ
桜も開きお花見も明日か明後日が一番良い頃だと思う、人々は会えば『花見に・・』が挨拶となっている
然し私の周りにはそんな気分になれない人もある、色々な事情で体調を崩した人が居る、

又、近所のMさんの家も同じである、Mさんの家では愛犬「タロー」が腰椎損傷の為療養中である、
10日ほど前のこと朝「タロー」の様子が変だという事でその日病院に連れて行ったところ「腰椎」を一ためているとの事
「タロー」は「パピヨン」という種類の室内犬だ、一日中家の中で走り回り身軽にジャンプをしている、そんな「タロー」が一ヶ月の間狭い犬舎に閉じ込め走ったりジャンプをしたりさせてはいけないとのこと、人間で言えば絶対安静状態だ、酷くなると手術をしなければならないと言う事で、Mさん一家にしては大変な事になったわけだ、
ペットは家族の一員であり、特に痛いなどと言葉で訴える事の出来ないペットだからこそ余計に可哀そうで、一家全員が落ち込んでしまうのも無理ないと思う、
我が家でも十年ほど前雑種犬を飼っていたが老衰で亡くなり、その時の別れの辛さに二度とペットは飼うまいという事にしているが、愛くるしい『タロー』を見ると又飼いたい様な気にもなるが、この度の様子を見ると、余りにも可哀そうでやはり買うのは止そうという事になった、
世の中には様々なペットを飼う人が居るが、中には余りにも無責任な飼い方をして居るひどい人もある、
悲しい事はペットのみでなく我が子でさえ虐待し人間にあるまじき、否犬猫にも劣る親が居る実に嘆かわしい事である

それにしても「タロー」頑張れと我が家では二人してエールを送っている

2005/04/07(木)
昼までには雨も上がったが一日中曇りの日だった、桜が開きかけたと思ったら今日はかなり咲いていた、
やはり春は桜が一番
漸く本格的に春が来た感じがする、一日ごとに暖かくなりすぐに暑さを感じる季節となる、こうして季節が巡り年を経て行く、

このような事を考えると自分が如何に年齢を重ねてきたかという事を改めて知る、

残され与えられた命を如何に生き抜くか、これはやはり感謝の心しかないように思う、生かされた命を感謝の日々で過ごす、
一日も無駄にする事無く有意義に過ごし、生きて良かったと思える人生を送りたいものだ、殺伐とした現代をせめて自分を中心にした世界だけでも、平和な世界にと一人一人が思えば全世界が平和にんる事だとも思う、いずれにせよ悔いの無い幸せな人生を過ごしたいものだ、

桜の花のようにいさぎよく、美しいままに散るのも人生かもしれない

2005/04/06(水) 時期の早い紫陽花
買い物から帰った妻が、アトリエの窓の方に直接近寄ってきた、その手には鉢植えの花があった、何と紫陽花ではないか、
紫陽花は私の最も好きな花で、そのために梅雨時期も我慢し又楽しんでも居る、

温室で育てたものだと思うが既に花開いている、早速描いて見た、とは言ってもやはり時期的に早すぎるせいか何かピンと来ない、やはり自然のものはその時期にあった物が良いのかも知れない、
紫陽花は梅雨時期に雨にぬれた姿が良いし、又雨に濡れてこその紫陽花なのだ、

この時季に咲く紫陽花は何処と無くぎこちないし場所違いな感じがして新鮮味が無いように思えたのは私だけが感じるのだろうか

2005/04/05(火) 孫娘とのドライブ
朝のウォーキングでは家を出るとき少し冷たいと思ったが、日中は何と暑いくらい20℃は越えたのではなかろうか、

先月免許を取得した孫娘が車で来ると言う、爺婆は姿を見るまで気が気ではなかったが、無事到着でやれやれと思ったのも束の間
『何処かに行こうよ』に『えつ?』
考えてみればラッシュの時間市内を抜けてきた腕が有るなら、ましてや難しいと言われている我が家のガレージに問題なく入れた腕なら大丈夫と、思い切って行くことにする、

行き先は宮島に決定した、バイパスを走り難なく宮島口に到着
車をガレージに預け船に乗り換え宮島に渡る、

見慣れた町並みだが季節季節に変わる島の春を感じながら気ままに散策、宮島の花と言われる『あせび』も愛らしく咲き誇り『桜』も開き始めその下で弁当を開く人もいた、

考えても居なかった孫の運転する車でドライブとは何とも不思議な気持ちである、無事に帰宅したものの、その間にも色々気遣う孫の優しさにまさに爺婆はウルウルしながらのドライブだった、

正しく記念すべき一日だった

今日添付した絵手紙は『花にら』で今我が家の庭で咲き誇り春を
静かに伝えている優しい花である

2005/04/04(月) オープンカフェ
昨日とうって変わって本当に春らしい上天気の一日だった、
毎朝のよう9時半過ぎにに遊びに来てくれるMさんが今朝もやって来た、彼女は私たちの娘と同じ年で気持ちも優しく、今では彼女が来ない日は何だか忘れも物をしたようで、毎朝のように彼女を加えコーヒータイムが日課となっている、今朝は妻が昨日焼肉パーティーの後片付けの際洗い流し干していたテーブルにコーヒーを運び、外でのコーヒータイムとしゃれ込んだ、

隣のHさんも呼んではと言う事になり声を掛けた、昨年ご主人を亡くされ、今年は本人も体調を崩し入院し退院後約一ヶ月になり、少しずつ元気を取り戻されているが何とか元気付けてあげたいと常々私たち夫婦は思っている、特に妻は事あるごとに声を掛けているようだ、
そのHさんは山野草が好きで非常に詳しい、だから自宅の庭にも色々栽培され四季折々に優しい花を咲かせ私も画題とさせて貰っている

そんなHさんも加え春の日差しも心地よい我が家のガレージで
思わぬオープンカフェでのコーヒータイムだった、

今日添付した絵手紙の花はHさん宅の庭に咲いている『ヤマブキ』である

2005/04/03(日) 春の嵐
予報では夕方から雨だとなっていた、昼にMさん一家と我が家の駐車場で焼肉パーティーをする事になり、飯盒を始め焼肉パーティー用具一式を準備し、春の陽気を満喫しながら楽しんでいた、
突然稲光と雷鳴が轟き、降り始めたのはパーティーも盛り上がった頃、と言っても私を始めアルコールは要らない者ばかり、要は食い気一本で楽しんでいたが、雨の中だが幸いテントを広げていたので濡れる事は無かった、俄かな雨も程なく上がり焼肉も堪能し、片づけを済ませた頃には雲間から日も差していた、然し何故か風が強くなり春の嵐になっていた、お天とうさんも実に気まぐれである

今日添付した絵は、隣のHさん宅の庭に咲いている花で『ヒトリシズカ』という
此花は『ヨシノシズカ』と言う種類の花でシズカは静御前の事だそうで、花穂が一本で『ヒトリシズカ』と呼ばれる、又『フタリシズカ』と言う花穂が二本のものが有るが花は似ていないとの事
それにしてもえらく地味な名の如く庭の隅でひっそりと咲いている花だ

2005/04/02(土) 春の朝
朝から曇りの一日だった、予報では明日は雨が降るとか、二日ほど春らしい日が続いたのに、
毎朝のウォーキングで沢山の春を見る、山陽本線の線路脇に無数の土筆が生えているが金網が張ってあり危険でもあるので中まで入って採る人も無く、これほど沢山の土筆が生えているのを見るのは初めてだ、

途中家の庭先に余り大きくない桜が満開で見とれていると『これはさくらんぼの樹です』とその家の主の説明、
白もくれんが一杯に咲き朝日に光っている、畑の緑の中に菜の花が黄色く優しい花を付けている、こういった春を見て歩くだけでも心身が元気みなぎるような気がしてくる、

こうして夫婦でのウォーキングも続けて何年になるだろう、毎朝のように出会う同じ顔、おたがいに『お早うございます』と声を掛けながら健康を願う、

実に健康的で幸せな、そして平和な朝である

添付した絵は昨日畑で見た菜の花

2005/04/01(金) シュレッダー
昨日の『木瓜』の実について調べてみた、
やはり瓜に似た実がなるようだ、HPの植物園を検索してみると確かに出ていた、添付した絵のような形で7センチくらいのものが有るようだ、恐らくこの実が瓜に似ているところから『木瓜』の名がついたという事を確信した、

所で話は変わるが、今日シュレッダーを買ってきた、最近個人の情報が流出したと言う問題が良く報道される、考えてみれば私も教室関係や同窓会など有る程度の名簿を持っているため用心しなくてはと思う、

こういう意味から今まで処分せず保管していた旧い名簿などを処理する事にした、それにしても便利なものが有る、今までは手で小さく刻んでいたが、手動では有るが用紙をこれに通しハンドルを回すと幅3ミリ長さ22ミリのミジンに刻んでしまう、

考えてみれば世の中進むとこんな事もしなければならない、
聞けば家庭ごみで出したものを開き個人情報を集める者いるとか
実に物騒な世の中だ、これで我が家も情報流失防止の対策は一応出来たと思う


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