―思いのまま気の向くまま―
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2005年6月
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2005/06/27(月) 茗荷と母
今日は私の母の祥月命日である
母の記憶と言えば、病弱な為か神経質で厳しい母だった、特に六十年前の原爆で長男を亡くしてから特にひどくなったように思う、ただ終戦前後の食糧難の時代リュックを担ぎ島の方の知人を頼りサツマイモを求めに行き、又疎開先の農家に着物など持ち、米などを求めに行き『疎開者』と差別を受け『お国のために頑張っている同じ日本人なのに』と、悔し涙を流す母を何度か目にしたことがあった、育ち盛りの私たちの為必死で頑張る母もそんな体の無理を重ねた事と長男(私の兄)の死亡、しかも行方不明のままと言う残酷な事実が、精神的肉体的に一度に出たのかもしれない、
この時季茗荷を店先で見ると母を思い出す、何故か母はこの茗荷を好んだ、特に晩年は茗荷を細く千切りにしポン酢をかけ美味そうに食べていた、何故か私も妻もこの茗荷が苦手なので、母がいなくなってこの茗荷を買うのはこの時季一度だけ、私が描く為に買うだけだ、ただ見るからに涼しさを呼ぶ食材だと言う事は私にもわかる、然し何故か口にすることは無い・・・・


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