―思いのまま気の向くまま―
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2005/07/31(日) 田舎では蝉までのんびり
久し振りに妻の実家に行ってきた、目的は妻の両親の墓参りである、本当に久し振りだった、気にはなりながら何かと都合が付かず延び延びになっていた
矢張り田舎は良い、空気は美味いし第一この時期涼しく心からのびのびする、我が家ではここの所連日の暑さに参っていた、おまけに最近特にひどくなった蝉の声、暑さに拍車をかけているようだ、ところが田舎で聞く蝉の声は煩くもなく暑さどころか心地よささえ感じる、
久し振りに兄夫婦、姉夫婦とにぎやかに食卓を囲んでいると部屋の窓枠に一匹の蝉が止まり静かに鳴き始めた、私の孫がそっと手を伸ばし蝉に触ってみたが蝉は逃げる気配も無く鳴き続けている
しばらくの間そのままの状態が続きやがて蝉は飛び立った
『蝉も田舎ではのんびりしとるんかね?』
『町の蝉ほどすれとらんのじゃろう』
なんにしても田舎は良い、何時までもこんな感じであって欲しい
と願うのは私だけだろうか

2005/07/30(土) 風船かずら
天気予報では雨のち曇りとでていた、朝少し雨模様だったので少しは涼しくなるかと思ったが、何のことはないかえって蒸し暑さが増したようだ、
昨日から今度の展に向け用意した作品夫々のパネルの製作に取り掛かった、アクリル板とベニヤ板、そして台紙を同じ寸法に切り、一組ずつ作り上げていく、
この間アトリエも工場と化して足の踏み場も無い状態だ、前回の作品も何点か入れ替え少しは内容も濃くしたつもりだ、
明日は孫娘たちと妻の実家の方に墓参りに行く予定だ、久し振りに訪れる田舎の風景も楽しみだ
ところで今日の画題は『風船かずら』と言う面白いかずらだ、青い風船状の物が実で花は小さく白い花だ、夏から秋にかけどんどん伸びて意気いろんな物に巻きつき伸びていく、ただこれといって華やかさの無い物で、私はあまり好きではない

2005/07/29(金) 金魚提灯
探し物をして戸棚をひっくり返していたら小さな金魚提灯が出てきた、3年前の夏休みに二人の孫娘を連れて、柳井に行った際買い求めた物だ、少々色もしらけてきたが想い出は鮮明に残っている、今からも何時までも心に残る事だと思う、二人の孫娘と私たちの四人で日帰り旅行をした想い出は本当に心休まる一日だった、
其の孫娘も日に日に大きく育ち、やがては親の手をそして私たちから離れていく事だろう、
幸せになってくれれば良いそれだけが私たちの願いだ、彼女たちの母親の幸せを願った遠い昔のように、・・・・
だからこれから改めてこの金魚提灯を大切にしよう二人の孫娘の幸せをこの目で見届けるまでは
柄にも無く感傷的になり、何故か手にした金魚提灯がかすんで見える、えらく涙もろくなったものだと一人で苦笑いした

2005/07/28(木) 露草
妻が朝露の光る庭の植え込みから、小さな花を一本手折ってきた、青い花をつけた『露草』だ、毎年この時期になると植えたわけでもないのに必ず一本咲くと言う、すっと真っ直ぐに伸びた茎の先の青い小さな二枚の花びらは、朝露に濡れしっとりとしている、
この小さな花に不思議な存在感がある、この時季庭の植え込みには花も無く、唯花の時期の終わった紫陽花が緑の葉を茂らせ、所々葉の色も変わりかけて鬱蒼としているばかり、そんな中にひとつだけ小さく凛と咲く花だ、この『露草』は夏の花で日当たりを好む花とのことだが、朝こうして開いていても日が昇り時がたてば花はしぼんでしまう、夏の花なら太陽に向け思いっきり咲いていてもよさそうなものだが・・・・因みに花言葉を調べてみると『尊敬』『懐かしい関係』といやに意味深な花でもある

2005/07/27(水)
このたびの台風はさしたる被害も無く通過した様で良かった
昨日はトンボの事を描いたが、今日は蝉の抜け殻を描いてみた
蝉は地中に7年居て1週間しかなかないと言う
7年もの永い間地中に居て漸く地上に現れ殻から抜け出てなく期間はたったの週間、だからあのように煩く一生懸命泣くのだろう、生かされた1週間の命を知りありったけの力でなき続ける
儚く空しいものだ、今朝道端で蝉の抜け殻を広い眺めていたらついそんな事を思っていた

2005/07/26(火) トンボの礼
毎朝ほぼ決まった時間にウォーキングしていると、決まった人に出会う、特に犬を連れての人が多い、其の犬もいろんな種類の犬に会う、癒し系の小型件が多いが、時には大きな犬、しかもドーベルマンに会い少々怖い思いをすることもある、然し小型犬は何度か会う内になついてくる、そんな犬は可愛くつい相手をしたくなる、
我が家にも十年前まで家族の一員として雑種ではあったがいた、然し老衰でこの世を去り其のときの別れがつらく二度と飼わないと妻と話し合った、だから最近こうして小型犬に接していると、欲しいと思うが二人で顔を見合わせながら我慢している、
ところで昨日の朝ウォーキングの途中、道路の真ん中にトンボが居た、死んでいるわけでもなく暑さに参っているのか、手を伸ばしても逃げる元気はなさそうだったので、捕まえて帰り一応絵手紙のモデルになってもらい、庭の植え込みに放し水をかけてやった、其のうち忘れていたがさっき妻が窓をたたくのでのぞいて見ると、植え込みにあのトンボが元気な姿でいた、羽の先の方がかけているので間違いなく昨日のトンボだった、其のトンボは植え込みの周りを元気に何度も廻っている、『まるで助けてもらったお礼を言っている様』妻はもう涙声で見つめていた、そういう私も何か胸が熱くなる思いがした

2005/07/25(月) ゴーや
暑い毎日、言う事なしの暑さだ
誰と会ってもどちらを向いても『暑いね』『暑いです』
地球温暖化とはまさにこの事、私が子供の頃は夏地位っても夕方打ち水をし縁台に座る頃には涼しささえ感じていた、又」『土手の方に涼みに行こうよ』が通じていたところが今では川土手に出てもむっとした暑さしか感じられない、
環境も変われば食べるものだって随分変わった、其の為に人間の体力、抵抗力も随分低下してしまった、私など暑いといってエアコンをつけているとすぐクシャミや咳が出る、だから家では殆どエアコンはつけないようにしている、そうした挙句生ぬるい扇風機の風に当たり汗をかいている、これもダイエットだと負け惜しみを言いながら・・・・
ところで夏の食べ物のうち『ゴーや』なるものがある、この苦さが良いと聞くが私はいまだ食べた事はない。と言うより避けて居るのかも知れない、このゴーヤをNさんから頂いた物で、どうも私には向かないような気もする

2005/07/24(日) 南瓜の実
暑いからと言ってだらだらしていては余計に暑さを感じる、こんなときこそ何かに打ち込むべきだと思う・・・とは言っても暑いものは暑い、昨日と同じように西日が照りつける窓の外蝉が鳴き競い暑さを増している、
朝ウオォーキングから帰り裏の畑に面した窓を開けると、今は南瓜のつるが組んだ棚に絡み付き、花を咲かせ実をつけている、朝早いと流石に爽やかな風に吹かれ朝露に光る、膨らみかけ約4センチくらいの南瓜の実は実に初々しく見える、
大きな黄色の花に寄り添って膨らむ実は花を頼り切っているように見える、無事にこのまま大きく育てばいいが、カラスに襲われなければ良いがなどと妻と心配している
それにしてもくしゃみの連発に困っている、暑いのでエアコンの部屋に入った途端くしゃみの連発、ならばと言ってエアコンの無い部屋に帰りあまりの暑さに扇風機をまわし風にあたるとくしゃみ、エーイ如何でもなれと今は扇風機も止め吹き出る汗に耐えながらパソコンに向かっている、おそらく温度差がくしゃみを誘発するらしい、困ったものだ・・・

2005/07/23(土) ストラップ
今の時間午後4時6分、レースのカーテン越しに入るわずかな風も西日の暑さにかき消され、こうして座っていても汗が流れ出ている、因みに部屋温度が
35℃・・・タマラン・・・
昨日岩手の息子『工房空』から小さな品が封書で届いた、新製品のストラップだ、『彩・いろどり』と名付けられた永さ約35ミリの木製ストラップだ、先端にガラス球が埋めてありあと小さな丸い穴が三箇所にあけられすっきりとした優しいデザインだ、工房空の主「息子」がかなり時間をかけデザインしたようだ、ガラス球も六色あり三つの穴も並列の物とランダムの物と二種類ある、又簡単なようだけど、其の細工の細やかさはいかにも息子らしい製品だと思う、彼も色々な経験を経て、ますます作品に幅が出てきた様に思う、頑張れ『工房空』と親ばか丸出しでエールを送りたいと思う、と同時に私も負けてはならじと奮起した暑い夏の日の夕方だ、裏の畑の隅にたつ杉の木で又蝉が鳴き始めた、
『頑張れ息子に負けるな』といっているように・・・・・

2005/07/22(金) へんてこりんな胡瓜
暑い一日だった、教室に来る生徒さんもかなり参っているようだ
ところが一人の生徒さんの持ってきたもので、話題沸騰し一度に元気が出たようだ、逸れは描いているように何と面白い格好をした胡瓜だ、見る角度では蛇がとぐろを巻いている用でもあるし、又別の角度では鳥が首を丸め座っている姿にも見える、兎に角変わった格好だ、自然現象とはいえ不思議である
ところで縁と言う物はこれこそ不思議で、現在教室では被爆六十年と言う事で、原爆ドームを主に平和を画題としている、今日の教室で原爆投下時如何していたか話していて、偶然全く偶然私と教室のIさんが同じ小学校の同級生と言う事がわかった、偶然とはいえあまりにも偶然の出会いに感動した、お互い『子供の頃大人しくしていて良かった』と笑いあった、まさに「世間は狭い」と言う事だとつくづく思った暑い一日だった

2005/07/21(木) 仏画に学ぶ
この暑さの中朝から市内を廻り、午後教室を済ませ先ほど帰宅、
午前中は頼んでおいたビスナットを引き取りに行き、友人のT君の奥さんが所属する仏画のグループ展を観にいった、彼女の作品を主に見せてもらったが繊細な線と言い、鮮やかな色彩と言い彼女も随分腕を上げたものだと感心した
矢張り熱心に十数年も習った成果以上のものがでているように思う、失礼な言い方だが外見このような繊細さは想像できなかったが心底優しい彼女の性格が絵に表れているように思った、
矢張り『絵は心で描くもの』だとつくづく感じ大いに勉強になった
ところで今日描いた絵手紙は頂き物のピオーネだが、実を言うと果物嫌いの私が、一番苦手な葡萄の王様と言われるしろもの、
かと言ってこうして絵に描くには別段拒否反応があるわけでもない、本当は味まで知って描くのがベターなのだが・・・・・

2005/07/20(水) 幸せ気分な一日
朝から日差しの暑さに些かうんざりしていたが、裏の畑から声があり窓越しに採れたて野菜が届いた、大きな胡瓜、トマト、しかも其のトマトは黄色の小さなトマトだ、早速描いてみた、私は始めて見たものだが、トマトといっても随分色々な形があるものだと感心した、
ところで今日は珍しい事が多い日だった、久し振りにO女史からいつもながらの美しい書の作品が届いた、彼女からは毎月一度作品が届く、大切に保管しているが届くたびに、優しく雅な作品に感動させられている、その他久し振りの絵手紙仲間から数通の絵手紙が届いた、皆夫々に頑張っているようだ、
久し振りと言えば、Mさんご夫妻と久しぶりに会い一緒に食事をした、ご夫妻とは会っているだけで不思議に優しさを感じ、ほっとさせられる、ご夫妻の人柄が自然に周りを包み込む何かをかもし出しているのだろう、兎に角今日は朝から幸せ気分一杯になれた一日だった

2005/07/19(火) 緑の葉
会う人毎に交わす言葉は『暑いですね』まっったく暑いこうしてPCの前に座っているだけで汗が流れ落ちる、我が家は健康の事も考えできるだけエアコンのスイッチは入れない事にしている、実を言うと私自身エアコンがあまり好きではないのだ(大きな声では言えないけど、長くエアコンの中に居ると神経痛が痛み出すのだ・・・・・)年は取りたくないもの・・・・
アトリエの前の庭に花が終わった紫陽花が、今なお元気に青々とした葉を茂らせている、炎天下のもと葉の緑は透き通るように若々しく艶がある、唯少しずつ蝕み始めた枯れ色が、黄色くやがて茶色にじわじわと広がり始めている、然したくましく最後まで緑の葉を茂らせ、見る目を楽しませ又沢山の効用をもたらせてくれる

2005/07/18(月) 一日一本バナナを食べよう
一応この地方も梅雨明け宣言が出された、それこそ本格的夏で当分暑い日が続きそうだ、こんな暑いときはとかく外にでる事も少なく運動不足になりがちだ、其の運動不足が原因して夜中に足に痙攣が来る事がたびたびある、其の予防のために我が家ではバナナを切らした事がない、特にひどい痙攣の時などバナナを食べると即効性がある、これは以前病院の先生から言われて、我が家の常備品となっている、なんでも疲労した筋肉は「カロチン」の不足から痙攣を起こしやすいすようだ、バナナにはその「カロチン」が沢山含まれているからとの事、特に亡くなった私の父親が良く痙攣を起こしていたのがはじまりだ、
だから我が家では『一日1本バナナを食べよう』と申し合わせているが・・・・・どうも私は・・・・である

2005/07/17(日) 幸せって?
暑いの一言に尽きる一日だった、朝から娘親子が来ると言うので早めに絵手紙を描いた、返事の絵手紙葉書が6枚お礼の大き目の絵手紙が1枚大きめの絵手紙お見舞いが1枚書き終えたころ娘たちがやって来て一緒にでる事になった、ショッピングセンター巡りりである途中食事に行き再びショッピング、女性の買い物にお付き合いは慣れているもの少々足がいうことを利かなくなりそうだった、夕食を我が家で食べると言う事で、孫のリクエストの『爺ちゃんの冷麺』と言う事になった大体もてなし用の麺類は私の担当である、久し振りの孫のリクエストがんばって精一杯美味しく創った、其の娘親子も帰り急に静かになった我が家である、
考えてみれば私達は幸せな爺婆である、今朝ピーマンの絵手紙を1枚ほど描いた、私は時折ピーマンを描くことにしている、と言うのは、絵手紙をやり始めて始めて、「らしき」ものを描いたのがピーマンである、このピーマンを描きながらふと思ったのは『幸せって何だろう、矢張り人の心にある考え方で幸不幸が決まる』と思うその人が今現在の自分を「幸せ」と思うか「不幸せ」と思うかだと思う、様は今現在生かされ元気でいられる事を幸せと思い楽しくすごしたい物』だと思う

2005/07/15(金) ウオーキングコース
何と蒸し暑い日だろう、こうして座っていても汗がにじみ出る、
窓を開ければ風が入るが紙が飛ぶし、それでも健康の為できるだけエアコンは使わないようにしている為に、ア・ツ・イ
今年の梅雨はさして鬱陶しい感じも無く終わろうとしている
もうすぐ梅雨明けともなり本格的夏になるが、この梅雨も、所によれば集中豪雨でかなりの被害を受けられた人達もあり、大変だったと思う、だから暑いとか雨が少ないとか贅沢を言ってはいけないと思う、
ところで朝のウォーキングコースには田圃や畑があり目を楽しませてくれる、田圃の稲はもう50センチくらいにそろって伸び
畑の胡瓜や茄子も終わりに近づいたようで、『早く採りいれないと腐らないかな』などと心配したり、『これは何が出来るか』と案じていた黄色の花をつけたものには今朝見ると7〜8センチの若葉色をした語稚児地のみが成っていた、ゴーヤだったのだ、なんだろうと毎朝考えていたがこれで安心、またスイカ畑には直径20センチほどの緑のスイカがごろごろしており『カラスに襲われないといいが』などと心配したり、朝のウォーキングも結構楽しんで居る、
長い間そのままになっていた、トップページの『今月の一枚』と
『作品集』を漸く正常に戻す事が出来たので一安心

2005/07/14(木) ナデシコ
梅雨はもうこのまま明けるのだろうか、今日一日暑い日だった
近くの小さい川には茶色っぽいトンボが無数に飛んでいる
隣家のHさんから今朝も花を頂いた、
『カワラナデシコ』との事、PCで調べてみると6月から9月にかけて咲く花で『大和撫子』とも呼ばれている
花ことばは『思慕』
いかにもこの花言葉の付きそうな優しい一見頼りなさの感じられる花である、因みに秋の七草の一つだ
ところで隣家のHさんご主人がなくなりご自分も体調を崩されたが最近はかなり元気が出てきたようだ、後遺症も感じられず、唯心が内に向きかけていたが今では其の心配もなく、我が家のコーヒータイムに来られても、ジョークのやり取りも出来るようになった、
そう何時までもくよくよせずこれからの人生生かされた命に感謝しつつ楽しく過ごして欲しいもの、私たちも大いに元気付けられいる

2005/07/13(水) カステラ
教室のNさん手焼きのカステラを頂いた、帰宅後隣家のHさんを招いてティータイムにする、箱から取り出し包丁を入れた妻が先ず驚いた『上手に焼いてある、手焼きとは思えない』との事、私には解らないが、何でも持った感じの重量感、しっとり感などしっかりしているとの事、紅茶をいれて切り取った物を口に入れ又驚いた、確かに美味だ、Hさんも『長崎屋のケースに入っているし長崎屋の物では?』『いや生徒さんのNさんが焼いた物』どうも納得いかないようだ、これほどに上手く焼かれていた、人それぞれ何か得意な物を持っている、隣家のHさんは「山野草」に詳しい、教室のNさんはカステラを焼かせたら絶賛物
友人のS君は国宝の建物に詳しい、色々何か持って老後を楽しく生きているようだ、勿論私は絵手紙もさることながら、自慢するわけではないが、パスタ料理は私流に・・・(自慢してる・・・・)
兎に角元気で好きな事に励み頑張らないと・・・・

2005/07/12(火) 広島港
先日次の展会場の下見を兼ね広島港に行った、新しい広島港は広島の海の玄関にふさわしい建物になっていた、
丁度江田島方面に向けフェリーが出航したばかりだった、又四国の松山方面行き桟橋には高速艇が静かに横たわっていた、
其の場所から見える島、似の島、能美島、江田島などが瀬戸内海に静かに浮かんでいる、この広島湾も一頃は海水が茶色で異様な匂いを発していたが、最近は海水も綺麗になり海の香りが戻り、少し沖では釣り人の船が浮かびのどかな風景だ、こうして海を眺めていると心から平和を感じる、過去の悲しみをひと時忘れさせてくれる、

2005/07/11(月) 七変化
昨夜は女子バレーのテレビ放送でかなり力が入った、ここの処どちらを向いても悲しく暗く、そしてくだらないニュースが多くうんざりだが、頑張っている女子バレーや大リーグで活躍する、イチロー選手や松井選手など日本人の活躍に、明るい勇気を貰って暗くなりがちな心を奮い立たせている、
今朝雨が小止みになった時庭に出てみると、紫陽花も終わり花らしきものの無く少し寂しくなった庭の隅で愛らしく明るい花を見つけた、鉢植えのランタナである、小さな明るい花びらが集まり、暗い雨の庭の隅でまるで幼女の微笑みに似た明るさで花開いていた、
このランタナは開花して時が立つにつれ、黄色から橙色そして赤にと色を変えていくので『七変化』とも呼ばれている、ここにも造形の神のやんちゃで優しい悪戯を見たような気がした

2005/07/10(日) 慰霊塔
昨日も書き込みした様に教室で『平和』に関する絵手紙を描く事になっている、教室の生徒さん殆どの人は原爆を知っている年代で中には直接体験した人もいると思う、然しそれでも本当の原爆の悲惨さを知らない人もあるようだ、だが教室ではもちろん悲惨な悲しい事実として、原爆投下後六十年の重みを感じながら平和について考えたいと思いこの画題を選んだ、核の問題、テロの問題世界的には戦争と言う恐怖が完全に消え去る事はない、私たちももちろん私たちの子供や孫たち又永遠に続く後世の地球上に、二度とあのような事は発生させてはならない、そのためにも六十年前のあの事実を忘れず風化させないで欲しいと願う、
今日画題にした『動員学徒慰霊塔』は原爆ドームの傍にあって当日学徒動員でかり出され被爆し犠牲となった学徒・少年少女のための慰霊塔である、私の兄も祀られて居るので近くに行けば必ず
手を合わせて帰る、手を合わせながら思うのだが『犠牲となった少年少女たちはどの様な気持ちで居ただろうか』・・・・と
然しこうした多くの人達の犠牲の上に今の平和がある、だからこそこの平和を全世界に広め後々までも続くよう願いたい物だ、

2005/07/09(土) 平和と折づ
こんな事を言えば不謹慎と誹られるかも知れないが、雨の被害を受けた地方の方に申し訳ないが、今年の梅雨は凌ぎ安い梅雨だと
私は思う、今まで雨が無く渇水状態に置かれており恵みの雨とばかりに降り、後は割合部分的な雨だベトベトと降り続くわけでもなく時折休みながらの雨である、へんな言い方だが紳士的な梅雨のような気がする、
ところで次回の教室は被爆六十年にもなるので、『平和に関した絵手紙』を描くことになっている、今色々描いているが其の画題として折鶴が欲しくなった、実を言うと私は折り紙が苦手で、鶴など折れるはずも無く妻に頼み折ってもらった、『こんなもの幼稚園の子供だって折るのに』そうは言われても私は幼稚園の行った経験も無く、母親も折り紙を折って・・・などと余裕も無い時代だった、だから母に折り紙を折ってもらったとの記憶は無い、
さてこの折鶴に平和の願いを米毎年のように描くが一向に世界の平和は訪れ無いようだ、世界各地で続発するテロ行為本当に悲しい事でもあるし、憤りに体も震える状態だ

2005/07/08(金) トマト
明日から天候も下り坂と言うが何と今日の暑さ、こうしてパソコンの前に座っているだけで汗ばむ、昼前岩手県の息子に電話して
『暑いのう』と言ったところ『寒いよ、ストーブ焚いているよ』
聞いた途端汗がどっと出た、何と日本列島の広い事・・・・
ところで妻が『見てミテ』といって声弾ませて帰ってきた、手には両掌からはみだすほどのトマトである、良く見ると何だか色が悪い、あまり美味そうでない、受け取るとずっしり思い、いかにもジューシーだと言わんばかりの重量だ、唯思うのはこんな果物だって見かけで判断は出来ないと思う、人間だってそうだ優しそうで裕福そうに見える民生委員をやっている女性が殺人を犯す世の中、綺麗に化粧して外見が良いと思っていても、うっかり親しくなっていてもとんでもない人があるものだ、兎に角周りにもご用心・・・然し残念な事だ人を信じ、人を愛する事の好きな私自身、考え方を変えねばならないのだろうか、実に寂しい事だ

2005/07/07(木) 水引草
隣のHさんから『水引草』が一枝届いた、一枝と言っても『水引草』そのものが小さく枝と言っても爪楊枝ほどの太さだ、妻は一輪挿しに活けていた、この水引草開花時季は秋なので、この時季は蕾を持って秋の来るのを待つ体制なのかもしれない、此花が開けば上から見ると赤で、下から見ると白い四枚の小さな花との事この紅白から水引と言うロマンティックな名がついたようだ、
たまたま今日は七夕の日空も晴れて今夜は何とか星を天の川を観測し織姫と彦星の大いなるロマンの世界に入りたい物だ
話を戻して・・・
あきにさくはなの蕾が膨らんだような感じに見えるのは如何した事なのだろう、折りしも我が家の近くの川の周辺には紅いトンボが無数に飛び交っている、毎年今頃見ることはないのに不思議な現象だ、ここのところの異変じみた気候の状態と関連しているのでは・・・・と素人考えに頭を悩ましている

2005/07/06(水) 似の島
先日次回の個展会場である『広島港宇品旅客ターミナル、さざなみギャラリー』の下見と取材を兼ね宇品港近辺の景色を見に行ってきた、以前のイメージとすっかり様変わりしていた、広島市の海の玄関らしく良い雰囲気になっていた、その際カメラの収めた写真を漸くプリントアウトしたので一枚ほど葉書に描いてみた、
雨模様の宇品港から見える瀬戸内に浮かぶ似の島は、本当に静かに『安芸の子富士』と呼ばれる其の端正な姿は昔と変わらなかった、
今年は原爆投下六十年を迎える被爆した多くの人達が熱さを逃れ川に身を投じ命絶え流れ着き、又治療の為運ばれそして命絶えた多くの犠牲者が眠る島として、昨年になり沢山の遺骨と遺品が発掘された、私の兄も其の中に含まれているる可能性もあり、捜し求めたが手がかりを得る事は出来なかった、こうした思いのある場所で個展を催す機会を得て心引き締まる思いがしている、恐らく亡き兄も見てくれるであろう次回の個展には特別な思いで全力を尽くしたいと思う

2005/07/05(火) 今日は枝豆で・・・・
ここの所届く絵手紙の殆どに『漸く雨が・・・』の言葉が書かれている、渇水を案じていたが一変して大雨の被害を心配する報道がラジオテレビに流れる、無事にこの梅雨を乗り切れればいいが
昨夜も岩手の息子家族から『広島の方大変みたいだけど大丈夫なのか』と電話がかかってきた、三歳の孫まで『アメダイジゥオウブ?』と電話口,親が言うとおりに言っているのだろうが、これが爺・婆にはたまらなく応える、
教室のOさんから枝豆を頂いた、PCで何時ものように調べてみると、この枝豆は大豆の種類で原産地は中国、朝鮮、かなり古く日本にも来ている様だ、縄文時代の遺跡から種が出ているとの事
又、豆は一さやに三粒が普通で『三粒豆』とも呼ばれ、又東北地方では『ずんだ豆』とも呼ばれるようだ、
以前私がアルコールを飲んでいた頃この時期になるとこの枝豆でグイッと飲み干していたビールの味は今でも忘れられない、と言っても今は枝豆をつまみながら冷たいウーロン茶を飲んで満足している

2005/07/04(月) 獅子唐辛子
今日も朝から雨毎年梅雨の雨を煩いと思っていたが不思議に今年はあまり気にもならない、むしろ心地よささえ感じる、矢張りこれまで日照り続きだった為にそう感じるのかもしれない、唯所によっては雨による被害も出ている、そんなニュースを耳にするとボツボツ止んで欲しいと思う、世の中うまくいかないもの、「これで良い」と言う事は先ず無い、窓の外小降りの雨の中トンボが飛び交っている、何かほっとする風景だ、
夏野菜の続きで『獅子唐』が描きたくなった、しし唐辛子は青唐辛子とも言われる、もともとの唐辛子の原産地は中南米1543年ポルトガルを経て日本に入り、のち日本から韓国に渡る、この唐辛子から改良され『しし唐辛子』が生まれる、先の部分が獅子の口に似ているところから『獅子唐辛子』と呼ばれるそうだ

2005/07/03(日) 坊ちゃん南瓜
昨夜来の雨が今日も断続的に降っていかにも梅雨らしい一日だった、
南区民文化センターの展も今日まで、夕方作品の撤去に行った、お陰で最終日まで沢山の人に来て頂いていたようだ、
其のついでに次回の会場の確認に行ってきた、会場は新しくなった広島の海の玄関らしく立派な建物で、二階にある『さざなみギャラリー』も思いのほか広く明るい雰囲気のギャラリーだ、明日からは補充する作品に取り掛からなければならない、
ところで夏野菜の絵手紙に取り掛かりかなり描き上げたが、最後になったが小粒な南瓜が手に入ったので描いてみた、
ただこの南瓜描き終わっての運命は如何に、無事煮物に変われるやら如何やら・・・・因みにこの南瓜の名は『坊ちゃん南瓜』とのこと、

2005/07/02(土) 元気のもと
昔からこの時季雷鳴が激しくなったら梅雨が明けると思っていた、ところが昨夜から激しい雷鳴とともに豪雨に見舞われた、挙句洪水注意報まで出ている、実際に本格的梅雨は今から始まるのだ、こうした自然の現象すら変わって来ているように思える、
どちらにせよ本格的梅雨らしい雨の日になった、断片的ではあるが雷に伴い激しい雨が降った一日だった、ただもう土砂崩れの災害が心配されている、国土自体が軟弱になってしまったのだろうか、
ところで昨日知り合いのY婦人から久しぶりの電話があった、彼女は私が初めて個展を開いたときから、私の作品に理解を頂き何かと話す機会もあった、そのY婦人先般入院したとの連絡があったので、病院の彼女にお見舞いの手紙を送ったところ、いたく喜んでこのたび退院した旨の電話だった、何でも入院してから治療に問題があったらしく、転院したりかなり苦しんだ様子だった、
現在は何日かに一度通院している様子、速く元気になればいいが、ところが私の周りにはY婦人だけでなく、病魔に悩まされている人達が何人もある、こうした人達を見るにつけ健康な自分自身に有難うと言いたい、、ただ元気な私たちが病魔に苦しむ人達の為何かして差し上げる事はないのだろうか、色々考えるがせめて絵手紙で心癒して貰い元気を出してもらえればと思う、
こんな意味も含め今日は元気のもとである『ほうれん草』を描いてみた

2005/07/01(金) 元気に感謝
早いもの今日から7月、6月の梅雨時季とうとう雨も無く真夏の7月に入り今日は朝から雨模様、少し雨が降らないと水不足の声が聞こえている、ただ新潟地方は豪雨による被害も出ているようだ、まだ先般の地震のつめ跡も癒えぬまの水の災害、本当に気の毒な事だと思う、そんな事を思うと雨が欲しい梅雨らしくないなど全く贅沢な事だと思う、
さて妻が『描けば』と桃を1ヶ買って来てくれた早速描いてみる、描く間桃の甘い香りが部屋中に広がる、思えば幸せな事である、平和な事である、好きな事をやりながら妻と二人でこうして安穏に暮らす事が出来る、贅沢は出来ないが楽しく毎日を過ごせる、
この生活も兎に角二人が元気だからこその事、元気だからこそお互い慈しみ合う心も生まれると言うもの、元気に感謝健康に有難う、そして生かされた命に感謝の毎日である


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