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2006/05/31(水) 山の旬『蕗』の味
夏らしい一日だった、無理も無い今日で五月は終わりだもの、
明日から六月衣替えの時だ、明日から教室では暑中見舞いにかかる、毎年の事だが季節の挨拶を描くのは楽しみだ、とはいっても絵手紙其のものは描くたびに季節の物が多い、平素の季節の挨拶のまとめで夏と冬に挨拶状を描く、
季節を敏感に捉え身の周りに自然を感じる、これも絵手紙を始めて特に感じるようになった、
花・野菜・果物・魚・そして自然界吹く風にも季節感がある、その他あらゆる物に季節を味わい絵手紙にする、幸せを感じ優しさを見出す、こんな事を考え『絵手紙やってよかった』と実感する、
処で昨日妻の姉夫婦が山で採ったと『蕗』を沢山もって来てくれた、早速妻は義姉に手伝ってもらい?蕗の処理を始めた、新鮮な蕗の香りが部屋に満ち山の旬を感じさせる、葉と茎を分け夫々処理する、葉と茎は夫々別の調理法で佃煮状に調理する、葉のほろ苦さ、茎の旬の歯ごたえ夫々に私は好物である、毎年こうして頂く山の旬に感謝しながら、今夜から食事で山の旬を堪能しよう

2006/05/30(火) 母は強く牛蒡は美味い
今朝早くから台所で何か刻む音、5時前一階に降りてみると妻は台所で野菜を刻んでいた、部屋に広がる牛蒡の香り、そう言えば今日娘が寄るというので寿司を作ってやると言っていたのを思い出した、
母親という物はいつの世代でも我が子の為に良く頑張れる物だと思う、ただ最近では母親が子供を虐待するというニュースが良く流れるが、これは特殊な事で母親は本能として子を守る物だと思う、かといって父親がそうでないとは決して言わないが、矢張り母親にはかなわない物がある、昔から『母は強し』という言葉がある、
私の妻にしても自分の足が完全に治った訳でもないのに、朝早くから台所に立ち娘や孫の喜ぶ物を作っている、
到底私には出来ない事だ、何とか私も手助けしようと思うが、何の役にも立たないようだ、
処で妻が刻んでいる『牛蒡』の残りを描いてみた、硬くて土もぶれの牛蒡・・・・先人はたいした物だと思う、こんな訳も判らない物を食材として使う、そう言えば海の物にしたって『海鼠』のようなグロテスクなものだって食材とした昔の人の発想に頭が下がる思いがする、
私はこんな牛蒡は大好きな食べ物だ、『キンピラ』『鍋物(特に柳川鍋)』『雑炊』『煮物』など色々あるがどれも良い、歯ごたえ香りなど何とも言えない旨みがある、そう言えば最近では『牛蒡せんべい』なるものもある、これもまた香りはそのままで、良く牛蒡を引き立てていると思う、

2006/05/29(月) 一卵性他人?
世の中に似た人は三人居るというが、性格が似ている物同士も多いと思う、特に最近不思議に感じているのは私の娘とMさんの奥さんがものすごく良く似ているということだ、其の言動が気持ち悪いくらいに似ている、時折我が家で一緒になることがある、年齢が全く同じなので同年輩の物同士考え方はほぼ同じと思っていたが、二人と話していると全く同じ言葉と同時に同じ動作(例え手を振るのも同じ右手を同じ方向に振ったり・・・)所謂言動が全く同じだったり、先日も娘が来たとき私の描いた暑中見舞いを何枚か見せて、『これとこれが良いと』選んだので、試しに別の日Mさんに同じように見せたところ、全く同じ物を選んだのには些か不思議を通り越し奇異な物を感じた、『二人は一卵性他人だ』といって笑った、如何いう事でこんなに似ているのか不思議でならない、
処で今我が家の庭は色々花が咲いている、今朝は『時計草』が一輪見事に咲いていた、又『ゼラニュウム』も鮮やかな花を咲かせている、きょうは其の『ゼラニュウム』を描いてみた、ただこの花は小さく鮮やかな色合いで好きだが、匂いがどうも頂けない、どちらかといえば『どくだみ草』に似た匂いがする
花言葉は『決心』『愛情』との事

2006/05/28(日) 孫の成長とホタルブクロ
毎朝起き抜けにパソコンを開き『ホノケン漫遊記』を見て、孫たちの様子を知り一喜一憂するのが私たちの一日の始まりである、
今朝も始めての遠足の様子を知り、孫の成長振りを知る事で嬉しくて二人で涙を流す、正しく爺婆の馬鹿ぶり丸出しである、
それでも良い人に何と思われようと孫は可愛い物なのだ、遠く離れていれば余計に気にもなるしいとおしい物なのだ、そう言って妻と変に納得しあっている、
ところで今朝隣のHさんから『ホタルブクロ』を一枝頂いた、白い花だがふっくらとやさしい花だ、PCで調べてみると
名前の由来は(花の中に蛍を閉じ込めると明かりが透けて見えるところから名付けられた)とか(提灯の古名が「火垂・ほたる」と言い、此花が提灯に煮ているところから「ほたる」→蛍と呼ばれる)などの説がある

2006/05/27(土) 孫の遠足
今日も朝から雨模様、朝目覚めPCで岩手県の天気を調べ晴れマークに安心する、なぜかといえば今日は孫の健太が始めての遠足の日なのだ、『新幹線か、トーマスの水筒と敷物が欲しい』と電話をしてきたので、爺婆は早速捜して買い送った、たぶんその水筒を肩に提げて今日は楽しんだことだと思う、
今朝雨の庭に出て画題にと漸く咲いた『黒姫紫陽花』を一輪摘んだ、鉢植えだが結構茂って二つほど花をつけていた、
この紫陽花は以前隣のHさんから根分けしてもらった物だ、ガクアジサイで青紫のしっとりした上品な紫陽花である、
以前も書き込んだが今年の我が家は紫陽花がかなり沢山咲きそうだ、こうして今から次々と花開くだろう、
そうなれば雨もまた楽しである

2006/05/26(金) 入梅目前
今日も先ずお天気情報より・・・・
朝から雨模様9時の予約で歯医者に行ったときは殆ど降ってなかったので自転車で行き、治療が終わり外に出てみるとかなり降っていた、帰りにもう一軒廻る予定だったが仕方なく濡れながら一旦帰宅、着ていた物を上から下まで全部着替える、其の雨が夕方まで続き今5時10分今は晴れては居ないが雨は止んでいる、予報では入梅も時間の問題のようだ、
我が家の玄関の植え込みにサツキを植えている、昨年はほとんど咲かなかったが今年は沢山花をつけている、
このサツキとツツジの区別を調べてみると、ツツジは4月20日頃から5月15日にかけて咲き、花が連なって咲くことから『ツヅキ』と呼ばれていたが後『ツツジ』と成ったとの事、
サツキは5月中旬以降に咲き『五月→皐月→サツキ』と呼ばれている、ちなみに花の大きさもつつじのほうが大きい、
ツツジの花言葉は『愛の情熱』サツキは『協力を得られる』だそうだ

2006/05/25(木) 破竹と元気
『ピンポーン』昨日の夕方風呂上りにパソコンに向かっていると、玄関のインタホーンが鳴り画面に教室のTさんのご主人の顔、何事かと出てみると『破竹が手にはいったので食べて頂戴』
手にするビニール袋には見事な破竹が数本入っていた、
『アア破竹の時季が来たんじゃね』『こりゃあ、ゆがかんでも良えけえ』毎年この時季になるとTさんから頂く旬のものである、
所謂筍と違って柔らかく風味あるものだ、早速煮物にして夕食の食卓に並ぶ、折角新鮮な物だ我が家だけでは食べきれず近所のNさんにおすそ分けをする、
この破竹旬は瞬く間に過ぎるのでこれから店頭に出ても短期間に終わる、
何時もの事ながら旬の物を戴き、其の味わいを食することが出来る幸せを又一つ感じることが出来た、
処で今日同級生のE君から電話があり同じ同級生のK君が心臓手術をしペースメーカーを入れたとの事、又そう言ってきたE君自身昨年胃の摘出をして居る、周りの者たちが色々体調を崩したとの話が耳に入り、些か気も沈みがちだが、幸い今現在健康体を保つ私、頑張って、何時までも元気でいたいと思う、元気だからこそ楽しい毎日が過ごせるし、楽しいからこそ元気にもなれる、
心が健康であれば病魔など寄せ付けない、
この心根で70歳それこそ破竹の勢いで、これから多いに楽しむ積りだ。

2006/05/24(水) 父の地蔵と冷麺つゆ
この天気も明日頃から又下り坂になるとか、どちらにしても当分こんな状態だと思う、
今朝のことリビングのカウンターのところに立って、フト父の彫った地蔵が目に入った、いつも同じ場所においてあり別段特別の物でもないのに、今朝は何故か気になりじっと見ていると其の優しい地蔵の顔が父の顔と重なって見えた、そう言えば最近父や母の夢を良く見る、そんなこんなで其の地蔵を描くことにした、
其の地蔵は直径7センチばかりの木の幹が二股に別れており、其の両方に彫り込んだものである、
生前父は木の幹などの地蔵を彫りこむ時何時も『木にも魂がありこうして彫って魂を起こして上げたら、気の魂が喜ぶけえのう』と言っていたのを思い出した、
こうしてじっと父親の作品を観ていると、私から言うのも変だが、父の優しさが今更のように感じられる、
父は生前一人アトリエで仏像を彫っているとき、『南無大師遍照金剛』と小さな声で唱えていた、恐らく原爆で亡くした長男(私の兄)や、先に逝った連れ合いのことを思いながら、のみを突いていたのだと思う
処で今日は孫娘達の希望で『爺ちゃんの冷麺つゆ』を麻から作った、私の冷麺はパスタと同じように美味いのである、ちなみにMさんのところの二人の男の子たちにも評判が良いのだ・・・・・

2006/05/23(火) 日照不足に泣く
このまま梅雨入りかと思われる天候が続く、朝からの雨は予報どおりに午後は上がったが、このまま入梅すると農家は大変なようだ、所謂日照時間の不足で野菜の生長にかなりの影響が出るようだ、既に野菜が値上がりの兆しを見せている、何とか五月晴れの天候に帰って欲しいものだ、
我が家では待ち続けている紫陽花の第一号が開花した、決して見栄えのする花ではないが、紅い額紫陽花がそっっとはな開いている、日一日ごとに紫陽花の花芽が大きくなりその数も増えているようだ、
今年は例年にない花の数になりそうだ、大いに楽しみにしておこう。

2006/05/22(月) ダムの放水
予報の通り今日は素晴らしい好天気、昼前友人のU君夫妻が久し振りに遊びに来た、
昨年交通事故で重症だった奥さんも、リハビリーにそれは熱心に頑張った成果もありかなり快復され、先日来大阪の娘さんのところに行き、一昨日帰ったと言うほど元気になった姿を見て安心した、
丁度昼になるのでどこか食事にと言う事で、奥さんの提案で最近テレビで紹介された『田舎料理の店』に行こうと、U君の運転で約40分走り目的の店に付いたが運悪く今日は休みとの事、
ここまで来たなら『温井ダム』までドライブということになり、
其処から又30分ほど車を走らせた、
新緑も美しいダムの風景はカメラを持参しなかった事が悔やまれる、ダムのそばのレストランで食事をし、ダムの放水(水量調節のため)に間に合いサイレンの合図と共に始まった放水を見る、ニケ所の方水口から噴出す白いしぶき、ごうごうと放出される水の音、岸の上に立つ私たちのところまで水しぶきが飛んできて、其の中に虹が現れ思わず歓声を上げる、其の真っ白い水しぶきは、この巨大なダムを完成させた人間の力を垣間見るような力強い物だった、
約13分間の放流、其の感動も覚めやらぬまま一旦我が家に帰り珈琲タイムとする、
後で妻と話した事だが『元気だからこうして楽しい時間を過ごす事が出来る、お互い元気でいよう』何時もの事ながら健康に感謝の一日だった(先日来傷めていた妻の足も殆ど快く成った)
今日の画題は庭に咲き頼り無さそうで強そうな姿で風にゆれる『ポピー』を描いてみた

2006/05/21(日) 焼肉と暑中見舞い
以前スーパーに行った際小さなバーベキューセットを見つけ買って帰っていた、其のセットで焼肉をして見たく以前から妻と何度かチャンスを狙っていた、
今日は朝から快晴、頃は好と我が家の横の通路にセットを組み立て二人で焼肉パーティー、丁度七輪を少し大きくした程度の物で二人〜三人での焼肉に適したサイズの物だ、炭火を起こし網に肉を並べ野菜を置き勢いよく焼けるに任せ食べる、ゆっくり食べようと言いながら食べ終わるまで、セットの組み立てから最後までの所要時間約40分、食べた肉の総量約300グラム、それでも充分満足した二人での焼肉パーティーだった、
処で今日は一日筆を持ち続けた、次回の教室で『暑中見舞い』を画題としているので、其の見本の絵手紙を描いた、毎年の事だが六月には暑中見舞いを描くことにして居る、
其の時季がくるたび月日のたつのは早いと感じる、たったこの前年賀状を描き整理が終わったと思っていたのにもう『暑中見舞い』・・・・と言う事はそれだけ年を取って行くと言う事だが・・・いやマダマダこれから一日一日を大切にし多いに楽しまなければ・・・・
少し早いかもしれないが今日の天気状況では『暑中見舞い』も可笑しくないようだ、

2006/05/20(土) 良い天気
昨日までの天候が嘘のように夏を思わせるような一日、
ただ雨の後のせいか空がそれは美しく、たまたま立ち寄った娘が途中車を止め思わず携帯に撮ったと、透き通るような碧い空を撮ったものを見せていた、
処がこの天気も長続きはしないとか、仕方ない間もなく梅雨を覚悟しなければならない季節だから・・・・
妻の足はよくなったとは言えまだ完全とは思えないので、折角こうして久し振り天気の良い日でも出かけることも出来ず、今日は一日家の中、お陰で色々絵手紙もはかどりはした、
先日Mさん宅の息子さんから貰った『隅田の花火』を少し大きな絵手紙にしてみた、どうしても紫陽花と言えば梅雨の雨ということになるが、矢張り紫陽花は雨にぬれる様子が一番良いと思う。

2006/05/19(金) 新生姜で『ガリ』作り
一日雨模様鬱陶しい一日だがせめて気持ちだけでも明るくと、朝からいろいろCDをかけまくる、
今17:10分風呂上りに外を見ると、漸く雨も上がり空もいくらか明るくなっている、
妻は昨日買って来た新生姜をスライスしていた、『ガリ』を作るとの事、本職の鮨屋さんは、スライスしたものを軽くゆがき甘酢に漬け込むそうだが、我が家はスライスした物をいきなり市販のラッキョウ酢に漬け込むとの事、
妻はこの『ガリ』が大の好物で、回転すしを食べに行くと寿司を食べに来たのか』『ガリ』を食べに来たのか聞きたいほど状態に食べる、まさか『ガリ』がサービス品だから・・・我が妻に限ってそんなサモシイ心は無いと思うが・・・
ところが私はこの『ガリ』は口にしない、
と言うのは勿論酸っぱい物が苦手でもあるが、これを食べるとやたら頭が痒くなる、かといって生の下ろした生姜や煮物に入った生姜は別に抵抗が無いのだが・・・・
処で『ガリ』の語源を調べてみた、『がりがりと食べるから『ガリ』といたって単純だがいかにも鮨屋さんの発想らしいと思う、
『ネタ』『シャリ』『ヅケ』『アガリ』其のほか沢山の符丁は色々面白い、何時かゆっくり調べてみる事にしよう。

2006/05/18(木) 春菊
確かに梅雨は間近に着ているようだ、こんな時今日はまるで梅雨の一休みのようにどうやら雨は降らなかった、私としては大変助かったのだ、電車に乗り出かけた、以前は途中の駅に自転車を置き市内を廻っていたが、運動の為とそれを止め市内を出来るだけ徒歩で廻る事にしている、したがって雨降りは非常に困る訳だ、そう言うわけで雨も降らず日も照らない、これほど良い条件は無い、お陰で気持ちよく午前中に用事を済ませ教室に入った、
これから梅雨の雨に悩まされることを思えば些か気分は滅入ってしまう、どちらにしても人生良い事ばかりは無いと諦めよう、
処で我が家の庭にプランターに植えた春菊がある、二人きりの生活の事味噌汁の具に・鍋物にと随分役立っていた、
処がこの春菊先日来花が咲き始めた、ここまでくればもう食べる訳には行かず『ご苦労さん』背が伸び花を付けた春菊を労わりながら黄色い花を愛でることにしている、
青々と新鮮な香りと共に食材の役を果たし、それが終われば花を咲かせる、・・・立派なものだ・・・又辛抱強く育てた妻にも敬意を表したいと思う、これも主婦の知恵なのか・・・・・

2006/05/17(水) 隅田の花火
昨日に続き今日は一日雨・・・
ただアトリエから見える紫陽花などの緑の葉は雨に洗われ、それこそ輝くほどの緑で目に映り、雨も案外良いものだと心和む思いがする、
今日画題にした花は『隅田の花火』と名付けられた紫陽花だ、これは先日の母の日にMさんの二人の子供たちから私の妻に贈られたものだ、今年高校一年生と中学二年の男の兄弟だが、毎年母の日にはこの二人が花の贈り物を届けてくれる、聞けば兄弟が小遣いを出し合い買っているとか、其の心根に妻は一層感動し、其の日は他からの贈り物もあり一日中涙の洪水だ、
数ある贈り物の花が色鮮やかな物ばかりなので『白はどうかと思ったが・・・』と二人のお母さんのアドバイスもあり、結局この花にしたとの事、実は昨日も書き込んだように私自身大の紫陽花好き、妻以上に私も嬉しかった、特にこの『隅田の花火』はお気に入りの品種だ、此花はガクアジサイの品種で周りの装飾花が八重で花火に似ており、たまたま紫陽花の季節に隅田川の花火大会もあるところから命名されたと言う、
今年も少年達の優しい心のこもった花が我が家のリビングで私たちの心を和ませてくれている

2006/05/16(火) 紫陽花と紫蘭
今朝から降っていた初夏とは思えない冷たい雨もどうやら午後になって上がった、
沖縄は昨日から入梅したとの事、此方も間もなく鬱陶しい梅雨に入ることだろう、ただ私自身救われるのは『紫陽花』の季節になる、毎年の事ながらこの時季になるとまるで愛しい人に会うようなときめきを覚える、ことさほどに紫陽花が好きである、其の土壌により様々の色合いを見せるこの花の順応し逞しく花咲かせるさまが好きだ、
我が家にも何種類かの紫陽花が咲く、去年花が終わって少し切り過ぎ今年は駄目かと思っていたが、逆にそれが良かったのか
例年よりはるかに大きく茂り、青々とした葉の間に花芽が無数についている『怪我の功名だね』と妻とも話しているが間もなく花開く紫陽花が楽しみである、
処がこうしてよく茂っている紫陽花の陰に『紫蘭』が十数本静かに花を咲かせていた、毎年この花の咲くのを待って居る筈なのに今年は紫陽花に隠れ忘れられていたようだ、
『互いに忘れないように』の花言葉の通り目立たない場所で忘れないで紫の上品な花を咲かせている、これも花・・・・心慰めてくれる。

2006/05/15(月)
先日植物公園に行った際、園内で『クレマチス』の展示会をやっていた、日本には寛永年間に渡来した『テッセン』がありこれと見分けが付かない改良品種の花で『テッセン』はつるが鉄線のように硬いところから命名されたとの事、
『テッセン』クロマチス』『カザグルマ』は専門家でも殆ど見分けは付かないようだ、
それにしても私が知っているテッセンはブルーの物だったがこれも花色は色々で現在120〜130品種あるそうだ、
ちなみに花言葉は『高潔』一方で『貧弱』とも言われる、
何時も思うことだが、絵手紙を始めるまで私は殆ど花とは無縁だった、それが今では花を見るたび描きたくもなり、又其の由来などこうして調べてみたくもなる、不思議な事だと自分でも思うのだから、妻が首をかしげるのも無理からぬ事だ、

2006/05/14(日) 感劇涙の一日
教室のMさんから頂いた花の中に芍薬が一本混ざっていた、
紅色の美しい花だ、花言葉は『はじらい』『はにかみ』『恥ずかしさ』とある如何にもこの花に相応しい花言葉だと思う、
昔から『立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花』と美人を賞する言葉があるが、美人を形容する言葉の中に入るにふさわしい花である、
この花を頂いた後隣のHさんから頂いた『山芍薬』も形は小さいが同じ雰囲気を持つ花だ、
花を見て心やすらぐのは誰も同じ事だと思う、
花といえば今日は母の日、朝から色々の人から花を贈られ妻は大変である、花を受け取るたび感激の涙を流し、今日は一日涙の乾く間もない状態だ、人に感謝され心の贈り物をいただける妻も幸せな人だと思うが、私もそばに居てこれほど嬉しい事はない、今日はゆっくり妻のよさを考え直し私からも感謝の心を贈りたいと思う

2006/05/13(土) 人間は残酷?・・
漸く春らしくなり瞬く間に初夏の装い、挙句の果てにもう入梅の気配がする、一体どうなっているのだろう、自然界がかなり狂い始めているようだ、
何時も言うようにこれも愚かな人間たちの自然破壊が原因だろうか・・・・
自然に逆らうと言えば、最近にペットブームには少々合点いかないところがある、先日もテレビを見ていると異常なまでの溺愛ぶり、当の犬は如何思っているのだろうか、ペットは心の癒しとなり必要な物かもしれない、然しこれも度を過ぎるとかえって動物虐待とまでは言わないが、ペットとなる物本来の姿から逸し、本来持つ動物性を無視され彼らにとっては苦痛なのではなかろうか、今日も雨の中を散歩している犬を見ると、何と雨合羽らしき物を着せられている、犬は犬として自然の毛皮で雨風を耐えるはず、ナノに何故雨合羽まで・・・・・
犬といえば私たちの朝のウオーキングコースのとある家で、通るたびにものすごい勢いで吼えかかり、ブロック塀を飛び越えんばかりの怖い犬が居た(塀の中で放し飼い)、処が暫く姿が見え無かったが、フト気がつくと塀の中で座っているのが見えた、如何した事だろうあれだけ獰猛だった犬がものすごく静かになり、何か気力を失い呼びかけてもただ目で追うばかり、全く人生(犬の)を捨てたかのようにただ座っているのみ、本当に哀れにさえ感じる、恐らく生態を撮り去勢までされたか、考えてみれば実に惨い仕打ちに思える、そんな事なら最初から飼わなければ良いと思うし、よしんば街中で買うなら吠え付かないよう凶暴性を持たないよう最初から躾ければ良いのではと思う、最近では見るたびに声をかけるがただ目だけ向けるばかりで他の反応も無く多大化されているだけの哀れにさえ思える様子・・・・なんと人間は残酷な生き物・・・と言うより何か勘違いしているのではなかろうか、とは言え飼い主は飼い主としての考えあってやった事だとは思うが・・・・
昨日に引き続き今日の画題もHさんの家に咲いた山野草『ヤマシャクヤク』だただ調べてみるとこの花は本来白い花でこの紅色は『ベニヤマシャクヤク』と言うそうだ、可愛いく何処と無く艶やかな風情のある花だ、

2006/05/12(金) 山野草
毎日のように花を見ているが何と不思議な花もあるもんだ、
今日となりのHさんから頂いた花は『オオハンゲ』と言う、
PCで調べてみると、『大半夏』と書き(温暖な山地の常緑樹林下などに生える多年草で花期は夏)とある、そんな花が街中の然も個人の家の裏の方にこんな見事な?花を咲かせるとは、不思議だが、山野草の好きなHさんの育て方が特別なのだろうか、素人の私など物凄く敬意を表したい出来事のように思える、
何れにせよこの様な珍しい花に合えるのもHさんの存在があっての事私にとっては貴重な存在である、

2006/05/11(木) 麦の穂
昨日と打って変わって好天気に恵まれた、と言うより暑い夏日のようだった、ただ風は爽やかな五月の風で心地よさを感じた、妻の足もお陰でかなり楽そうになったが、決して無理しないように口酸っぱく言っている、
教室の方は連休明けで皆さんお疲れの為か欠席が目立っていた、
考えてみれば男性と違って女性は、行楽プラス家事、雑用が多いため男性より何倍も疲れが出て当然だと思う、と言うのもこのたびの妻の事で再認識させられた、殆ど女性で占める教室だから、欠席者が多くて当然かもしれない、次回は少し落ち着いて正常に戻ると思う、
先日近所のTさんから色々花を頂いた中に麦の穂があった、青々とした元気そのもので五月の空に向け力強く伸び爽やかな風にそよぐ姿が想像できる、この元気を貰い初夏の空の下精一杯背伸びをしたくなった、

2006/05/10(水) 連休の結果
連休最後の日広島植物公園に義姉夫婦と行った、植物公園は新緑と沢山の美しい花たちに溢れていた、其の中で一際私の目を奪ったのは、水の上に浮かぶ蓮の花だった、青、赤鮮やかな花だった、大袈裟な表現になるが、この世の物とも思えぬ鮮やかな美しさは、見るものの目を奪わずにいないだろう、
あれやこれや思いっきり楽しんだ連休が終わった後、昨日このページで書き込んだように、私の妻の体調に変調が現れた、病院嫌いの彼女が自分から行くと言って居るくらい、ひざの痛みがひどいようだ、辛そうな妻に代わり私が家事を受け持っている、たった一日ほどだが、こうして変わって家事をする事になり、妻の仕事の大変さに今更ながら驚いている、改めて平常の妻のご苦労に感謝の意を表そう、それにしてもかなりな重労働である、

2006/05/09(火) 連休明け
連休明けに急に気温が上がり予報では明日から雨との事、
これじゃあ体調を崩すのも当たり前、たいしたことが無い様でも疲れからくる体のあちらこちらの痛み、用心・ごようじん!!
教室のNさんも四国巡礼の後、特にご主人の体に変調があるようだとのメール、我が家でも妻が右足ひざ付近が傷むとのことで、病院に行きがっちりテーピングされ、痛みで歩くのも儘成らぬ様子、
処が私はいまや絶好調で朝から絵手紙三昧の生活に戻っている、
矢張りこんなときこそ平素からの健康管理が大切と成る(最も私のそれはほとんど妻任せ、したがって彼女は自分の管理がおろそかになったのかな?)何れにせよ健康第一、元気で頑張りたいもの、
頑張ると言えば先日山道で山菜採りをしていて綺麗に咲いている『タンポポ』を見つけた、自然の中の路傍に逞しく元気に美しい花を付ける『タンポポ』・・
雑草の逞しさに感心しカメラに撮り今朝描いてみた。
尚、タンポポは用紙は画仙二層紙、竹串で線を引いてみた。

2006/05/08(月) 悩殺大根現る
愈々初夏を肌で感じるようになった、GWも終わり学校会社など今日は辛かったと思う、
さて先日妻の故郷である県北に行ったとき朝の『道の駅』に立ち寄り採れたて野菜の売り場に入ったところ、面白い物を発見『画題に良いんじゃない』と妻の声、早速購入したのが今日の絵手紙の画題になった『悩殺大根』だ、白い肌をくねらせ悩殺ポーズをとる大根の姿、ユーモラスなその形に思わず笑いが出た、
『丁寧に包んで上げんさいよ、家に帰って描きんさるんじゃけえ(描かれるのだから)』
近所の顔馴染みの義兄の声に応え、販売係りの農家の主婦らしき女性が丁寧に新聞紙にくるみ袋に入れてくれた、
街のスーパーなどには到底出されない変形した大根だが、私のような物好きが立ち寄る為わざとこんな形の物を並べているようだ、それにしても自然にこの様な形になり面白い物だ、ふとした弾みで出来た変形だろうが、造形の神も洒落た事をするものだ、
描いた後何処からどのように食べるのやら、切り刻むには少々抵抗がありそうだ、

2006/05/07(日) 採りたて山菜
今日でGWも最終日明日から平常に戻るわけだが仕事を持つ方たちは大変だと思う、
心から『お疲れさん』と言いたい、私たちも一応GWに乗りかなり楽しむことが出来た、昨日山道を走りながら道路脇の山手に(蕗)・(土筆)・(わらび)・(コシアブラの芽)・(ヨモギ)などを摘みとる、新鮮な自然の旬の香りを満喫しながら初夏の山の風に吹かれ時を過ごした、又イタドリ(サジッッポ)もあり町で育った私は記憶がないが妻や義姉夫婦にとっては子供の頃から馴染んだ旬の食べ物だそうだ、(子供の頃通学時塩を持ち道端でこのサジッポを採り塩を付け食べた想い出があるとか)
我が家に帰り夕食には山で採った旬の山菜を天婦羅にして食べる事に成った、
美味い、矢張り自然の旬を採りたてに調理し食べる、最高のご馳走である、夜はこのご馳走を皆で満喫し楽しい晩餐となった

2006/05/06(土) ゴールデンウイーク
急に話がまとまり妻の姉の娘家族が帰郷すると言うので、其の車に便乗し4日から、私たちも世間並みのGWを味あうことになった、
5日義姉夫婦、姪の家族達と同行し世良高原の花を観にいった、
観光用に栽培されたチュウリップ畑のそれは見事な色彩に驚かされる、それにしてもものすごい人手である、各地で催されているGWのどのイベントもこの様な人出なのだろうか、家族連れの駐車場所を待つ車の列、おまけにペットの犬まで連れた家族も沢山・・・・チューリップ畑を堪能し広場に移動野外で弁当を開き昼食後Uターンする姪家族と別れる、
6日つまり今日は義姉夫婦の車で最近オープンした『奥田元宋・小由女美術館』に行った、流石見事な『元宋の赤』に胸打たれ圧倒され言葉を失い、又『小由女』の艶やかで繊細な作品に魅せられ一巡し美術館を後にしてからも其の余韻に浸らされた、
其の道中山あいを走りながら、目に入れば車を止め山菜採りに時を忘れ夕方我が家に帰宅し、夕食は採ったばかりの山菜を天婦羅にし、自然の旬を堪能した、
処で奥田元宋の作品の中で『幻想の赤』を最も強烈に感じた作品
銀閣寺の『障壁画』の前に立ち暫く作品を見入り、迫りくる物を感じた、銀閣寺と言えば先日京都を訪れ銀閣寺にも行き其の古き日本を感じたばかりでもある、
兎に角この様にGWを有意義に過ごした事は私達にとっては初めてのことでも或る、これも二人とも元気だからこそ出来た事、健康のあり難さをつくづく感じ、又義姉夫婦と姪の家族の好意に心より感謝の期間でもあった、今日の絵手紙は銀閣寺を訪れた時スケッチしたものである、

2006/05/03(水) GWもと観光
大型連休も中日となり、今日から広島ではFF(フラワーフェスティバル)が始まる、五月晴れの素晴らしい天気だ、実を言うと私はFFの見物はもう良いと思っている、暑い中延々と続くパレード・・・・人の波にもまれての見物はかなりの負担になる、だからFFもできればTV中継でゆっくり観たいと思う、そう言う意味もあり、今日出雲の方から遊びに来た妹と姪の家族は宮島に誘った、処がこの宮島も凄い観光客だった、矢張りGWの間は何処に行っても人人人
なのだろう、
そう言うことを考えてみると先日の旅行は日程的に最良の選択だったともいえる、昨日からスケッチと写真を観ながら葉書に描いているが、今日は奈良の『飛鳥路』の中の『橘寺』を描いてみた
この『橘寺』は説明によると、『聖徳太子誕生の地といわれ、太子創建七寺のひとつで本堂の太子堂には、聖徳太子の坐像が祭られ又境内には善悪2つの顔をもつ二面石がある』といわれる寺である、
私たちが行ったとき何人かの水彩画のグループが盛んに絵にしているのどかな風景を見ることができた

2006/05/02(火) 転害門
漸く今回の旅日記をまとめる事が出来た、現在『小さな旅』の更新準備中である、今日は其の旅の間にスケッチした物を葉書に描いてみた、先ず東大寺の『転害門』を描いてみた、
この『転害門』東大寺境内西北・正倉院西側にあり八脚門で二度の戦火にも焼け残り鎌倉時代に一度修理されているが、奈良時代の建物で『国宝』に指定されている、・・・・これも友人Sくんからの受け売りだが、案外見落としそうな場所にこの様な大いなる建造物があり、始めて観る者に感動を与えてくれる、
この様な旅をすることで改めて日本人としての誇りを見つけたような気もする、この奈良を訪ねたのはその昔中学校の修学旅行以来のこと、この度こうして奈良・京都と日本の歴史を尋ね肌で感じることが出来、今更ながら興奮冷めやらぬ気持ちである、

2006/05/01(月) パイナップル
ゴールデンウィーク真っ只中一番怖い事故が既に報道されている、色々悲喜こもごものこの大型連休無事に過ぎれば良いが、
流石に気温も上がり広島で最高が25℃前後というが、いやいやそれ以上ではなかろうか、そんな今日五月に入って最初の教室だった、今回の画題は果物それも林檎を中心にしたものだが、丸い感じを出すのに皆苦労しているようだ、こうした果物の見本としてパイナップルを描いてみた、実はこのパイナップルには想い出がある、随分昔の事だが原爆後の焼け野原にバラックの校舎で復活した学校に通う頃、給食として出された中に米軍(当時は進駐軍と呼んでいた)払い下げ物資で色々あった其の中でパイナップルの缶詰が支給された、最初はジュースだけ、後に刻んだ実の入ったもの、たまに輪切りの実が入った時もあった、そんなパイナップルを口にするたび{この世にこんな美味い物があるのか}とか{こんな美味い物を食べるアメリカと戦争して勝てるわけないよ}子供心にそんな事を思った物だ、
もう一つの想い出はあの万博に行った時の事、炎天下の人ごみの中で喉が渇ききっていた時、スティック状にカットし氷で冷やしたパイナップルを見つけ食べたとき、{やっぱりパイナップルは美味い}と思った、処がその後同じようにして食べてみたが、やっぱり他の果物同様私には苦手である事を知らされた、
 酸っぱい!!!!


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