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2004/09/13(月)
何故、演劇をやっているのだろう?/山南
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長い間、演劇をやってきた。やってきたというより、いつも次の公演やイベントに向かって計画を立てたり、集団の問題点を考えたり、台本や演技のことを点検したり、制作(特に経済面や観客の動員や宣伝)で頭を痛めたり、合理的な稽古の進め方などを考え、実行してきた。 キャリアは淡々と真っ直ぐに成長はさせてくれない。紆余曲折である。ある時は後戻り、立ち止まり、横道に逸れたり、全く無関係なところですごいエネルギーを費やして消耗しきってしまうこともある。
ここまで来たら「好きだから演劇をやっている」とは言いがたい。 「好きな事をやれていいですね?」と言われると「嫌いじゃないですから・・・」としか答えようがない。
今日は、ふと立ち止まってみた。 よくあることだ。
この1週間で、他劇団の公演を2本見たり、TVのロケに出演したりして目まぐるしく<外の空気>に接することができた。 夏休みの流山児事務所・九州ツアーから引き続き、今年は外部との関わりが拡がったようにも感じる。 夢桟敷だけで閉じこもっていると見えないものが見えて来たようにも感じた。・・・それは。
演劇をやる意味である。 何故、演劇をやっているのだろう? はっきりと、簡単に答えが見つかってしまったのである。
演劇は「私そのものではないか!」・・・ 個別な世界でもあり普遍的な世界でもある。 他人から言われてもピンとこなかったことが、最近、やたらとピンと感じるようになった。 私はまぎれもなく、演劇そのものになってしまっていたのだ。 どこまで続く、劇団夢桟敷。 何時、パンクしても怖くはない。 振り向けば、若いエネルギーが押し寄せて来ているではないか!
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