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2005/02/02(水)
照明プランニング/山南
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近畿大学より音響・照明機材の貸し出しリストがFAXで送られて来た。 それを眺めながら、過去の県外公演の修羅場を思い出していた。 大体、私共は劇場ホールでは公演しない。従って、劇場側に備わっている機材など地元以外では使った経験がない。 照明機材といっても缶詰の空き缶に100W球を埋め込み、天井に吊るしたり床に置いたり、何とも原始的な方法で「手作り」を楽しんできた。 それは「常識」への抵抗であると同時に公共ホールの運営のあり方に対する疑問から、このような「手作り」の形が定着してきたとも言える。 光量や機材の数が圧倒的に少なく、それ故に「影」が舞台に現れてくる。プロの照明マンに言わせるとお粗末なシューティングなのである。 しかし、私にしてみればそのお粗末さが意図的なのである。 100年の昔、ドイツ表現主義による劇映画が「影」を取り入れていったように、私は「影」も演出の一部だと考えている。 一度、山口県宇部市で公演をした際も舞台は影だらけであった。 タイトルは「カリガリ博士復活」。まさにドイツ表現主義を意識していた。 唐十郎さんも初期の頃、自転車を漕いで発電を行なっていた話は有名である。 この精神だけは忘れたくない。 さて、貸し出し表を眺めながら、私は今、ある企みに燃えてきたところだ。 会場は「アート館」と名付けられ基本的にはフりースペースである。 可能であれば照明機材を天井に吊るさず、2階手すりに集中的に固定して一方向のみからシュートすると、影が一定方向ばかり出てくるのではないだろうか。 伸びる影の先が「愛の乞食」たちの夢の国なのである。 ふふふ、まだ計画中である。
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