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2006/09/27(水) ひまひま管理人、北へ
 更新をさぼっておりますので、例によってひまひま日記の更新でお茶を濁させていただきます。

 右往左往しつつ入手した切符を手に(先月のひまひま日記参照)、先週、北海道へ行ってまいりました。行きは、横須賀を朝の5時過ぎに立ち(ね、眠い…)、東京6:56発のはやて号に乗車。車掌さんが微妙に東北なまり。ふたする会鉄道部の皆様であれば(誰だ)、ひまひま管理人が「はやて号八戸行です」のなまり放送に笑いをこらえる理由をわかっていただけると思います。
 新幹線と特急、それにローカル列車を乗り継ぎ、目的地に着いたのは夜の9時過ぎ。途中下車して2時間ほど時間をつぶしたりしたせいもあるのですが、それにしても遠い。列車に乗ることが好きとは言え、さすがに疲れました。

 帰りは念願の北斗星。車窓から見える室蘭や函館の夜景に感動しました。
 それは良かったのですが、車内で買った駅弁が、量が少なくて物足りない(ぼくは小食なほうなのですが)。寝る前にもう少し食べたいなあ・・・。
 食堂車「グランシャリオ」(豪華そうな名前だ)は、予約が必要なディナータイムが終わる21時過ぎから、誰でも利用できるパブタイムになるとのこと。せっかくの北斗星、ここは奮発して食堂車でビーフシチューを食べようかなあ・・・。
 と迷っていたところに、「車内販売からお知らせです、ビールにおつまみ・・・これで本日最後の車内販売です・・・」

 結局、缶ビールと柿ピーで空腹を満たして眠りについたのでした(中年おやじみたいだなあ…)。まあ、こういうみみっちさも列車旅の楽しさ、ということで。グランシャリオでビーフシチューは、またの機会にします。

2006/09/12(火) 元ワシントンの手嶋支局長
 9・11テロの頃出ずっぱりだったNHKの手嶋さん、フリーになっていたんですね。
 しかし、民放の画面に出ていると、なんだか場違いな感じがして思わず笑ってしまいます。同じく元NHKの池上さんは、こどもニュース出身というアドバンテージ(なのか??)からまだ違和感が少ないのですが、手嶋さんは違和感ありありだなあ。NHKのスタジオと間違えて来てしまいました、といった感じ。
 先日見た番組では、イラク戦争を支持してきた政治の是非について議論する内容だったのですが、与党の政治家に「あんたは毎日、戦争を支持する放送を垂れ流してただろ」みたいな逆ギレをされていて、ちょっと手嶋さんが気の毒になってしまいました。
 とは言え、当時の手嶋さんは確かに、「テロとの戦い」を正しいものとするスタンスで伝えていたような気がするし、もっと言えばNHKのニュース全体がそういったスタンスで報道していたような気がするのです。あれから5年、情勢の変化を受けて手嶋さん自身の考えが変わったのか、それともNHKという組織の中での伝え方だったのか、気になるところです。

 などと言いつつ、やっぱり一番気になるのは手嶋さんのあの髪型なのですが。自分でセットしているのでしょうか。NHKを体現したあの髪型こそが、民放での違和感の原因かも知れません(←適当)。

2006/09/11(月) 夕張の黄色い思い出
 北海道夕張市の、財政再建団体転落のニュース。学生時代、一度だけ訪れたことを思い出しました。

 サークルの先輩の紹介で、その先輩の同じ学科の後輩3人組(ややこしいですが、ぼくからは1年先輩にあたります)と、同じ鉄道好きということで一緒に北海道旅行をすることになったのでした。ぼくは、自分で言うのも変なのですが、あまり慣れていない人と親しく接するタイプではないので、なんで一緒に旅行に行ったのか、そのいきさつは良く覚えていないのです。
 バイトの休みが取れなかった関係で、飛行機で旭川入りして途中合流。待ち合わせ場所は、なんと稚内駅改札前。いま考えると、よく行ったものだと思いますが。
 その後も、夜行列車(座席車です!)で車中泊、とハードなスケジュールをこなしました。そんな中一日だけ、札幌の宿(と言っても、ある会社の寮)に宿泊する日があって、夜まで各自自由行動、ということになりました。
 ぼくは、一人の先輩と一緒に夕張へ。寂れた住宅群と、不釣合いに立派な観光施設が印象的な街でした。
 先輩はすぐの列車で戻ることにしたのですが、ぼくは一列車後にして、貸自転車で、鉄道廃線跡を利用したサイクリングロードを走ってみることに。
 途中までは快調に走っていたのですが、突然、カラカラカラ…とペダルが空回り。チェーンが外れてしまったのでした。周囲は静まり返った森の中、空だけが突き抜けるように青い。そして所々に「ヒグマに注意」の看板が。
 静寂が焦りを募らせます。必死になってチェーンと格闘し、油まみれになった末にギアにチェーンがかかった時にはほっとして泣きそうになりました。
 なんとか駅まで戻ってきたものの、すでに乗車予定の列車は発車した後。路線は2時間に1本程度の超ローカル線です。この頃はまだ携帯など持っておらず、連絡のとりようがありません。
 とりあえず少しでも札幌に近づこうと、駅前から出る路線バスに乗車。途中で立ち寄った大きなバスターミナルでバスを乗り継ぎ、JRの本線の駅に出ることができました。ここから列車で札幌へ。待ち合わせ場所の、札幌駅のコインロッカーに貼られていたメモを頼りに、なんとか無事合流。小冒険(?)が終了したのでした。

 このように断片的には印象に残っているのですが、なぜか全体の行程などは良く覚えていないのです。自分で計画せずに一緒に連れていってもらっただけだからか、それとも自転車の件が印象深くて他のことを忘れてしまったのか。
 あと、先輩たちになぜか毒舌キャラとして面白がられた記憶が。失礼な奴だと言われることは良くあるけれど、毒舌と言われた経験はこの時ぐらいです。普段接していないだけに、失礼を毒舌として面白く受け止めてもらえたのかも知れません。なんだか妙に懐かしくなってしまいました。皆さん、元気でしょうか。

2006/09/02(土) 脱マダム宣言
 なにが「港北マダム」だ、バカバカしい。腹立たしい。原日出子が鼻につく。

 あ、いま『アド街ック天国』の港北ニュータウン特集を見ております。こんなこと書いてると、単なる二俣住民のひがみじゃねーか、と言われそうですが。
 それにしても、この番組って「…マダム」が好きだなあ、と思います。ちょっとお洒落系の街を特集すると、すぐマダムの連呼(例.ニコタマダム)。さすがに海老名の回で「エビナマダム」とは言ってませんでしたが。

 番組内で「横浜でいちばん平均年齢が若い都筑区」と言っていたので、横浜市のホームページで調べてみました(データは平成16年1月1日現在)。
 都筑区は平均36.21歳。いっぽう旭区は42.29歳。横浜市全体の平均では41.07歳でした。「北低南高」の傾向がはっきり見てとれます。

 そう言えば、分区して都筑区になっているのに、「港北ニュータウン」のままなんですよね。菊名や綱島あたりに住んでいる主婦は、港北マダムを名乗っていいのでしょうか。
 あと、センター北の阪急百貨店の食料品売場には、なぜかそうてつローゼンが。阪急が自前でやるつもりは無かったのか。同じ鉄道会社のよしみか。どうでもいいのですが。


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