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2011/05/31(火) おふろにビール
 横須賀市内に最近新しい日帰り温泉ができたので、行ってきました。意外とこのあたり、温泉って少ないのです。
 露天風呂は海に面していて、東京湾の夜景を眺めながら浸かっているとほんとに気持ちがいい(眼下には道路もあるので、立ち上がると外から見えてしまいます…)。ただ、この日は台風の影響でものすごい強風。目の前のやしの木が、ちぎれんばかりに煽られています。そして、浴槽はやや狭め。学生っぽいグループが「さみー!さみー!」とはしゃぎながら入っていたので、若干落ち着かなかったです。

 お風呂の後は、館内の食事処で夕食。そばのセットと、調子にのってビールも注文してしまいました。アルコールに強くないので、普段外食で酒を飲むことはあまり無いのですが、まあ家も近いので無事帰れるでしょう。
 ビールが先に出てきたので、窓際のカウンター席で夜の海を眺めながら、ちびちび飲んでいました。日帰り温泉というのは子ども連れが多いです。すぐ横の席にも、「ここに座る〜!」と小さな女の子がお父さんお母さんを引き連れてやってきました。
 料理がなかなか出てこないので、さらにちびちび飲み続けているうちに、アルコールが回ってきました(たったグラス半分なのに)。ああ…なんか仲良さそうな家族だなあ…。こっちは一人で風呂入ってビール飲んでんだもんなあ……。人としてこれでいいのかなあ………などと、必要以上に悪酔いマイナス思考に。
 そうこうしているうちにようやく料理が到着。食べているうちにすっかり満足してきて、なんかさっきまで何をグダグダ考えてたのか忘れてしまったのでした(さらに酔いが回ったのか??)。
 そんなわけで。こんなどうでもいいことを書きつつ、今月はこのへんで。

2011/05/19(木) 児玉清さんと龍馬伝
 ぼくが児玉清さんの存在を知ったのは、おなじみの『アタック25』。しかし、当時はまだ大人の味わいなど分からぬ幼い少年(今はすっかり分かっているかのような口ぶりですが)、「なぜ赤を取らないのか」と突き放す司会に、なんか先生のようにキビしいおじさんだなあ、と感じていました(これを魅力として知らしめた博多華丸はえらい)。
 児玉さんのイメージがちょっと変わったのが、朝ドラ『ファイト』での旅館の主人役。真面目だけれども、どこか茶目っ気みたいなものも醸し出していて、好感を持ちました。

 そしてやっぱり印象に残っているのが、昨年の『龍馬伝』での龍馬の父親役。正直、素直に感動できる回は少ない龍馬伝でしたが、児玉さん演じる父と龍馬との別れ、この回は良かったです。
 余命わずかな父親を砂浜に連れ、家族の前で、みんなを乗せて世界中を航海する夢を、体いっぱい動かしながら語る龍馬。それを聞く児玉父の表情がとても良かった。個人的には、龍馬伝の中でベスト回です。厳しい司会者ではない、優しげな児玉さんの印象が心に残る回でした。

2011/05/14(土) 財布の中身が大人未満
 先日の夜、職場で一人残ってぐうたら…いや、仕事していたら、突如腕に発疹が出てきた。気づいたら腕だけでなく、手から足まで、もう体全体に。なんじゃこりゃー!と叫びたくなるような状態でした。
 とりあえず家に帰って、その日はムヒをベタベタ塗りたくって(却って良く無さそうですが)、とっとと寝てしまいました。
 翌日はだいぶ発疹はひいてはいたのですが、なんか悪い病気なのでは…と気になったので(←大げさ)、仕事を中抜けして皮膚科へと向かいました。職場の人に「優しいけど混んでて待たされる医者」と「怖いけど空いててすぐ診てもらえる医者」を教えてもらい、前者を選択(怖いのいやなので)。
 そして、事前情報どおり1時間待ちの末、いよいよ診察室へ。「原因不明の難病」なんて言われたらどうしよう…(←だから大げさです)。
 そんな不安もバカバカしく、「はい、じんましんだね。飲み薬出しとくからね」とあっさり告げられました。
「ああ、あの、うつらないんですか??」慌てて聞く私。
「うん。あなただけです。周りは関係ないから」
 そんなざっくりな説明。診療は3分で終了しました。
 じんましんと告げられた時は、小学生の頃、じんましん呼ばわりされていじめられた女の子を思い出し(子どもは残忍です)、暗い気持ちになってしまいましたが、うつるような病気ではないことをこの歳になるまで知りませんでした。無知で恥ずかしい。ともあれ、病名がわかっただけでも安心しました。

 さて、話変わって。スーパーの古本市で、掘り出し物を見つけました。ジャジャーン(と写真参照)。相当昔の鉄道雑誌です。数十冊が売られていて、ばばーんと大人買いしたいところだったのですが、財布の中が子ども並だったので、泣く泣く数冊だけ子ども買いしました。
 いま読んでいますが、現在となっては資料的価値が高そうな記事ばかりです。相鉄の社員によって書かれた、平塚延伸計画の記事もありました(昭和44年のもの)。「終点の平塚までの開業には(中略)おそくも昭和50年代には完成を目論んでいる」。今となっては夢物語…。
 「この新線が開業すれば、当社の業界における地位も飛躍的に向上することとなるであろう」という一文も。昨年10月のひまひま日記で都心乗り入れ計画について「こんな鼻息の荒い相鉄を見たことがない」と書きましたが、そんなことは無い。「東京の同業他社に、追いつけ追い越せ」が、相鉄の原動力であり続けていることを認識しました。願わくば、都心乗り入れも夢物語になりませんように(ならないよね??)。

2011/05/01(日) 非日常が戻ってきた
 ゴールデンウィーク(NHK風に言うと大型連休)に入って、横須賀の中心街は大勢の外国人で賑わっています。アメリカ兵や、基地関係者たちでしょうか。
 震災以降、横須賀の街は心なしかかなり寂しかったのです。みんな自粛ムードで出控えているのかな…と思ったがそれだけではなさそう。やがて、普段見かけるアメリカ人の姿が見られないことに気がつきました。そして、空母が横須賀を離れたり、軍人の家族が一時帰国したり…という新聞記事を読んだことを思い出しました。
 アメリカ人がいない横須賀は、街を歩く大半がお年寄りと中高生。よくある地方都市の姿になっていました。
 あれからひと月半が経って、ひとまずこの街は、ふつうの街とは違ういつもの姿を取り戻しつつあるのかも知れません。

 さて、話は変わって。毎度おなじみどうでもいい鉄道情報です。最近、小田急に乗ると、車掌さんの放送で気になるフレーズがあります。
 「新百合ヶ丘と成城学園前で、各駅停車にお乗り換えができます」というもの。
 この「お乗り換えができます」が気になる。かつては「各駅停車に連絡します」と言っていたはず。恐らく、連絡という表現はわかりにくい、という配慮なのでしょう。そう言えば、かつて東横線車内で「連絡って電話で連絡すんのか」などとバカ会話を繰り広げていたバカカップルがいたなあ(2005年5月の日誌参照…遠い目)。
 でも、お乗り換えができますはやっぱり違和感がある。だって各駅停車はどの駅にも停まるから、新百合ヶ丘と成城学園前だけじゃなくて、どこでもお乗り換えできるはずなのだ。だから「連絡」でいいんじゃないかなあ。
 ちなみに相鉄は「星川で各駅停車に接続いたします」と言ってますね。「連絡」と「接続」はどう違うんだろう。うーん。どうでもいい疑問を抱きつつ、今月もよろしくお願いします。


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